odd_hatchの読書ノート

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田村隆一「詩集」(現代詩文庫)

 それは堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像 上」(集英社文庫)を読んでいた時に不意打ちのように現れた。

「『欠けっぱしだよ……』/と言って、ノートか何からしい紙切れに書きつけたものを見せてくれたことがあった。
空は
われわれの時代の漂流物でいっぱいだ
一羽の小鳥でさへ
__の巣に交ってゆくためには
われわれのにがい心を通らねばならない
 傍線のところは、まだことばになっていなかったが、冬の皇帝の発想の仕方は、いちじるしく立体的で、ゴシックの不吉な寺院のように、地から空へ突き立つようなふうであった(略)、本当に、空はわれわれの時代の漂流物で、まことにいっぱいであった。冬の皇帝の描写力は、的確で太々しかった。」(集英社文庫 上 P292)

 時代は昭和15年ころ。戦争の長期化、不況と経済統制、政府と軍部による人権侵害などによる鬱屈したこの国を「われわれの時代の漂流物」という暗喩で一気にとらえる手腕とその言葉の選択に驚き、魅了された。高校2年生に読んだが、それまで「詩のごときもの」を自分も書いていたが、これを読んでから言葉の選び方や行の並びがガラッと変わった(しかし、20歳を契機に詩を書くことを止めたので、影響はたぶん残っていない)。この詩を書いた「冬の皇帝」は解説で田村隆一であることを知り、ハヤカワ文庫ででていたクリスティや角川文庫のクイーンを翻訳した田村隆一と同じ人であることを知る(翻訳の所以をしるのはずっとあと。中学の同級生の加島祥造の紹介で早川書房の社長にあい、ポケミスの編集を依頼されたのがきっかけ)。高校の現代国語でいくつかの詩を読み、書店でこの詩集を手に入れる。1950年代の詩にはどれも衝撃で、とくに「四千の日と夜」「立棺」「一九四〇年代・夏」は繰り返し読んだ。

 この現代詩文庫版にはいくつかのエッセイが収録されていて、おもしろい指摘を抜き出しておく。
・近代詩は歴史にまでなっていない(1955年現在)
・日本的な語法、日本的な抒情と論理を殺戮することが、もっと原初的な、いわば僕の生理的な快感にうったえた
・太平洋戦争という異常な大事件に遭遇し、それが詩的実験の契機になっている。
・2つの大戦で我々の文明が最も破壊したものは(詩人からすると)言葉と想像力。直喩を持てない。暗喩の中で危険な言葉と闘いながら歩いていく。
 このあたり。今書き出してみて、高校生の自分の気分を思い出せば、詩に魅かれていたものの戦前の詩にはほとんど共感を覚えられず(西脇順三郎を除く)、といって翻訳詩は難解であるしで、途方に暮れていた時に、この詩人の直截で「垂直的」な言葉こそが詩のありうる姿と思ったのだ。そう思い込んで、数人の現代詩人の作品を読んだが、俺の感覚に合う言葉の使い手は見つからず、しばらくして詩作と詩読から離れてしまった。どうも俺は詩の良い読み手ではないようだ。
 という追憶と絶賛のエントリーであるが、いくつかの不満も。1950年代の作品には上記のように十分以上の満足を覚えるが、1960年以降の日常茶飯やブッキッシュな話題の詩になると、求心力とか集中力がないように思える。時代をつかみそこなっているのではないかと邪推。
 もうひとつは、以下の詩句。

「われわれには手がない/われわれには死に触れるべき手がない(立棺)」
「一篇の詩が生れるためには、/われわれは殺さなければならない(四千の日と夜)」
「われわれは個人ではない/われわれは群れであり 集団だ/われわれは集団そのものだ(三つの声)」

 なんで、「われわれ」が出てくるんだ。権威主義社会や軍国主義で「わたし」が圧殺しなければならなかった時から解放されて、個の声をあげる。それが戦後の詩人のイメージの大元。なのでたいていの詩には「わたし」「俺」が登場する。その個は強く、厳しく、孤独を厭わない。そこから出発して、詩想を展開したときに、上記のように個がいきなり「われわれ」に事上げされてしまう。何かの保留とか猶予とか注文なしに、全面的な信頼を寄せるように。そのような「われわれ」という組織や集団に個人の意志を無条件に仮託するのは危険なのではないかい。ここは落ち着かない。それも詩のもっとも高揚したところに現れるだけに、どうにも居心地が悪い。

田村隆一全詩集

田村隆一全詩集