odd_hatchの読書ノート

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堀田善衛「めぐりあいし人びと」(集英社文庫)

 1918年生まれの著者が出版社の編集者たちを集めた座談会で、1991-92年にかけて語ったことのまとめ。タイトルからすると交遊録のようであるが、実際は彼の生涯の振り返りと世界各地の知人友人たちと会ったことの挿話と世界の歴史。話題は、それこそ千変万化、縦横無尽、博覧強記、抱腹絶倒。これほど広がりのある話を聞いたことはない。お話のうまい人、座談の名手だと、ほらを吹くようなところがあるけど、この人には知識と教養と洞察が気軽で平易な語り口でありながら、とてつもなく深くて厳しい認識を示していて、なるほどこの人にはかなわない、この人からさらに多くのことを学びたいと頭を下げることになる。

 まずこの人は外国に出かける人だ。富山の回船問屋の息子として生まれ、日本海をまたいだ交易から欧米人が自宅に宿泊し、漂泊の芸能人が居候し(女中とできて逐電するのが常とか)、アメリカの牧師の家で英語を学びつつその息子に教える。長じては東京大空襲を逃れ、天皇の巡行視察を翌日目撃し、この国に絶望して欧州に渡河するために進んで上海にいけば、日本敗戦と共産党軍の中のドタバタを異国で目の当たりにする。作家になってからはアジアアフリカ作家会議に列席し、各国の作家詩人たちと議論を応酬する。ゴヤの調査のためにスペイン語を習得するだけでなく、スペインほかに10年以上滞在して、自動車で西ヨーロッパをくまなく経めぐるという次第。このようなダイナミックな運動を示した作家はほかにいるのか(その点で、堀田の後の若い作家が海外どころか国内の作家間の交流も限られているように見えるのは危険ではないかと思う。文学がナショナリズムの籠か壺にこじんまりと縮こまって、ダイナミズムを失うのではないかというような。まあ、自分より年下の作家の本は読んでいないから、杞憂だと思うけど)。
 ここでしゃべった半生はそのときどきに、小説やエッセイにしているので、併せて読んでおくのが必須。たとえば、
 大学生時代の1940年前後は「若き日の詩人たちの肖像」
 敗戦時の上海渡航時は「上海にて」
 第一回アジアアフリカ作家会議は「インドで考えたこと」
 スペイン滞在時のことは「スペイン断章」「情熱の行方」など。
 この半生で作家の会った人々を上げると、サルトルクンデラソルジェニツィンネルーダ、エフトシェンコらの作家詩人、ネルーカストロ、フレシチョフなどの政治家。国内だと、堀達雄、室生犀星太宰治の年長者に、武田泰淳野間宏椎名麟三埴谷雄高福永武彦中村真一郎田村隆一、まだまだリストアップできる。故人で関心を持っている人では、この国の中世文化人だと西行、定家、長明がいて、ヨーロッパにはモンテスキューラ・ロシュフーコーゴヤ。こうした歴史上の人物が作家の口を通して語られると、自分らの横にいる同時代人になってしまう。
 重要なのは、彼の目を通してみる歴史の重層性と民主主義のあり方か。この国では歴史のあるものは解体・破壊されて、想像力を働かせないと歴史は感じられないが、ヨーロッパの石造りの建物だと住んでいる場所とその地下がすぐに歴史的建造物になり、否応なく歴史を意識ないといけない。あるいは、西洋の上流階級は過去400年くらいの付き合いで国境を気にしないインターナショナルな感覚を持っているが、庶民はそういう横断的な感覚がないのでナショナリストになる。それになじまないとコミュニストやソーシャリストになるという指摘(歴史と付き合いがないから、観念的な交通を志向するのだろうな)。あるいはヨーロッパの深い森、ケルト文化にキリスト教が侵襲してきたときの衝撃と意識の変化、慢性駅なヨーロッパの飢餓をジャガイモが救いそこから侵略的な動きが可能になったとか。ああ、こういう目を見開かせてくれたことを書きだすときりがない。それこそ自分の歴史感覚の大部分は、著者の指摘に基づいて形成されていたのだと改めて納得した。ポミアン「ヨーロッパとは何か」平凡社ライブラリ網野善彦「日本の歴史をよみなおす」ちくま学芸文庫生松敬三/木田元「現代哲学の岐路」講談社学術文庫などをすんなり理解できたのは、著者の本に親しんでいたおかげだった。
 著者もこの国には国際性が必要というが、政府や文部省ないし企業が望む国際性はちょっとニュアンスが異なる。著者が言うには、この国の国際性は隣人に異国の人が住んでいて、協力しあえる関係のこことをいう。まあ、語学ができるに越したことはないが、できなくても交通は可能なわけで、異国の言語と習慣を持っている人と一緒に暮らせることが大事。この国の外ではそういう交通や国際性はごくあたりまえ(この国だと奈良時代のほうがより国際的という。平城京の人口の半分は異邦人だったというくらいだから)。そのような生き方が求められるという。ああ、ここはとてつもなく大事。それに気づかされたということで、小さい平易な書物であるが、これはとても大切なことを教えてくれた本。

めぐりあいし人びと (集英社文庫)

めぐりあいし人びと (集英社文庫)