odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

奥平堯訳編「フランス笑話集」(現代教養文庫) 1881年に出版された中世後期から近世初期の民話集の翻訳。

 あとがきによると、「Les litteratures populaires de toutes les nations」から笑話を選んで訳したもの。元本の情報があとがきにないので、ネットで検索するとあった。
Catégorie:Les Littératures populaires de toutes les nations - Wikisource
Les littératures populaires de toutes les nations; traditions, légendes, contes, chansons, proverbes, devinettes, superstitions : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
 一部は、なんとPDFでダウンロードできる(ただし画像取り込みのため、テキスト検索はできないようだ)。元本の刊行年は1881年。上のリンク先によると、1冊500ページもあるような巻が全部で47もあるらしい。背景がよくわからないが、フランス全土の民話を収集するプロジェクトがあったと思われる。グリムが19世紀頭にゲルマンの民話を収集したというのはよくしられているから、隣国でもそういうプロジェクトが行われたのだろう。そういえば、岩波文庫にイタリアとロシアの民話集がでていたな。たぶんこの国にもあったと思いたいが、そこまで調べる気力がない(まあ、一部は岩波文庫にまとめられたとは思うが)。
 新興国ができたばかり、あるいは民族国家を成立しようという運動が進行中の時には、民族アイデンティティを獲得するために、民族の歴史や伝統に注目することがある。そこでは民謡や民話が収集され、ブームになることがあった。そういう運動のひとつのせいかなのだろう。フランスのそれが19世紀後半であるというのが少し不可解なのだが(というだけで、今回は調べようとしない)。

 そういうフランス全土の民話から笑い話を集めて、220ページほどの小冊子に28編の小話を集めた。目次から大分類をあげると、
ぺてん師/いたずら者/おろか者/酒飲みと食いしん坊/知恵者と機転
となる。
 民話の成立した時代はわからないが(この感想には「わからない」が頻出するなあ)、背景や生活、風俗からすると、中世の後期あたりからルネサンス期か。貨幣経済が浸透しているものの、工業は村にはなくて、流浪の芸能者や職人がいて、年に数回豚肉を食えるくらいの生活(一編だけ鉄砲が登場していて、近世と思われるものもある)。自分には、たとえば「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」やドイツ民衆本の世界1「クラーベルト滑稽譚・麗しのメルジーナ」などで親しんだ世界。ときには、これらに出てきたのと同じ話もあるように思えるが、今回は調べようとしない(もう前掲書は手元にないし)。上の分類はこの国の民話のうちの笑話にも共通するので、似た話をみつけることができるだろう。もちろん影響関係はなく、偶然の類似です(という具合に人類の発想には共通性があるわけだ)。
 中世後期から近世初期の民話なので、現代の物語とはずいぶん異なる描き方で、テンポがのろく、人権意識もまるで異なる。時に当時の差別意識がでてくることもある。一気に読むと退屈しそう。シャルル・ペロー「長靴をはいたねこ」(旺文社文庫)は1685年作だが、こちらの方が読みやすい。ペローのは王侯貴族の間で読まれて、民話が農民他のものだったという違いなのかしら(というだけで、今回は調べようとしない)。西洋中世文学好きの人向け。

参考エントリー
2012/01/04 「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(岩波文庫)
2011/12/25 ドイツ民衆本の世界」(国書刊行会)
2014/06/06 シャルル・ペロー「長靴をはいたねこ」(旺文社文庫)


 20世紀前半のフランス小話や笑い話は、河盛好蔵ふらんす小咄大全」(ちくま文庫)にまとまっている。21世紀に読むには、テンポがのろいかも。