odd_hatchの読書ノート

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柄谷行人「終焉をめぐって」(講談社学術文庫)-1

 書かれた時期は「探求 II」の連載に重なる。そこで検討していた固有名や超越論的動機などを文学批評で実行する。二冊をあわせて読むと、この考えになじめるようになるのでは。あいかわらず難解で、自分には要約することすら困難なのだけど。

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第一部 固有名をめぐって
一九七○年=昭和四十五年――近代日本の言説空間 1988.01 ・・・ 自分なりの要約をすると、明治維新で日本が近代国家になるために、天皇を主権者として扱った。その機能は大正時代の対外的な緊張のない時代に薄れ、天皇を意識しなくなる。それが昭和10年代の不況が対外的な緊張をもたらし、天皇を強く意識する。敗戦で天皇は主権者ではなくなったが、この国の言説空間ではしっかりと意識されることがなく、ことに1970年代の緊張緩和とその後の経済成長で、内面的に閉ざされる(外国との基調がないとか、「他者」を意識しないとか)。にもかかわらず昭和天皇は長命であったために、80年代後半の緊張(共産国家の危機、韓国の民主化、中東の不安定など)で、日本のシンボルになってしまった。しかし過去の言説空間では天皇をめぐる思考が空疎であった(三島由紀夫などは「何もない」ことをアイロニーとして生きた)し、空疎なままである。
 日本の言説空間の見取り図。1980年代までに、I脱亜論、IIマルクス主義、IIIアジア主義昭和維新)がいずれもなくなる。

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(おもしろい指摘は、元号が時代区分としての意味をもたない、ヨーロッパの統合はかつてナチスで実現しECはその再現、天皇が意識されるのは対外的な緊張があるときで、それは主体や主権が意識されるのが危機においてであることと並行であり、天皇が主権者とされたために緊張時には天皇を意識せざるを得ない(でも天皇をめぐる言説は空疎)、右翼は明治維新という西洋の帝国主義支配からの解放(という「革命」神話)を輸出しようとしている、あたり。レイシズムの監視から右翼を見る機会が多いが、この指摘で腑に落ちるところが多々あった。)

大江健三郎アレゴリー――「万延元年のフットボール」 1989.09-10 ・・・ ふたつのことが語られる。大江の小説には固有名がなく、特権性が奪われている。かわりに類が名前と同格になっている。これは近代以前の寓意(アレゴリー)の方法。また「僕」の一般性も、固有性ももたない語り手の特異性(世界状況そのもの)。もうひとつは万延元年という固有の時からの言説空間について。弟(鷹四)と家族の放浪者に見られるアジア主義(ネズミと呼ばれる)と、「僕」のブルジョア近代化/マルクス主義の回復の試み(羊と呼ばれる)。この兄弟の共謀と反発の仕組み。
(「僕」の回復の運動が「自己救済」であると指摘されて、これも腑に落ちた。プロはすごい読みをするなあ。小説を読むまいにこの評論を読まなくてよかった。)

村上春樹の「風景」――「1973年のピンボール」 1989.11-12 ・・・ この作家にも固有名はないが、機能は大江とは違う。示差的な記号である。同様に村上の「私」もまた超越論的な自己で、傷つかず敗北しない。そのような超越論的な自己がみるのが、数字に換算される風景であり、モノローグの語り。無意味なものを有意味なものの上に置く価値転倒や有意味なものを貶下(へんげ)し無意味なものに真剣に取り組む。これはイロニー。いずれも近代文学にあったもの。
(当時村上の小説に新しさをみようとしたけど、そうではなくて日本の文学の流れにあるのだという指摘。くわえてサブカルチャーとカルチャーの転倒も。たしか「1973年のピンボール」は1970年代の出版と記憶する(調べたら1980年)が、サブカル傾倒は80年代以前からあったのだね。)


 「探求 II」に加えて、「日本近代文学の起源」も読んでおかないと。内面、風景を自生的に獲得したのではなく、ある制度の中で生まれて、因果を逆転した経緯に関する議論を知らないと、これら3編はよくわからないと思う(といって既読の自分がしっかりよみとれたわけではないが)。

 

2018/11/30 柄谷行人「終焉をめぐって」(講談社学術文庫)-2 1990年に続く