odd_hatchの読書ノート

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エドガー・スノー「中国の赤い星 下」(ちくま学芸文庫) 毛沢東の「遊撃戦論」の精髄が書かれている。毛沢東の権力がどこから生まれたかは不問。

2018/04/06 エドガー・スノー「中国の赤い星 上」(ちくま学芸文庫) 1937年


 それまで中国の軍隊は傭兵みたいなものであって、利益のために闘うのであり、傷つくのは避け、しかし戦闘状態は長引いた方がよい、隊内はアヘンなどで退廃、外には暴力と略奪その他を繰り返すものであった。そこに紅軍は三大規律八項注意でもって、倫理的な集団をつくったのである。そのうえ地主や高利貸しを追い出した後、その資産を貧困者に分配し、場合によっては復興援助するとなると、人気は高まるのである。農民、大衆は自発的に彼らに協力し、若いものは軍に入るのである。おそらく最初に彼らが遭遇した民主主義だったのではないか(という点も、敗戦後にこの国が紅軍に関心を持った理由なのではないだろうか。この国の軍隊は「俘虜記」「真空地帯」「人間の条件」「神聖喜劇」のように退廃したものであったから)。

 ここには遊撃戦の精髄が書かれている。毛沢東の「遊撃戦論」(中公文庫)はすでに手元にないので、この本からエッセンスを書いておくことにする。
負け戦は戦ってはならない
主要な戦術は奇襲(そのための機動性が必須。戦いは短時間で終了)。敵の構造的に弱いところを敵より数多い兵でつく。
詳細な計画
実行には弾力性。交戦中止、撤退の素早い判断。いつでも代われる幹部を養成。
撹乱、囮、その他の非正規戦
主力とは戦わない
所在を知られないための警戒、瞬時の移動
大衆との協力
地主、豪紳、民団の扱いには配慮する
 あたり。その集団と運営にあたっては、豪胆さ、敏速さ、知性豊かな計画、機動性、秘密遵守、行動は不意打ちで果断に行う。なによりも「大衆の支持と参加を勝ち取ること」が重要。以上の教えは、朱徳ではなく彭徳懐によるもの。
 既存の軍隊との差異化、自軍の優位と弱点の認識、メンバーの教育、実行した作戦の反省と次回への反映、通常時の民主主義の実行。このあたりは、西洋の兵学にはみられないところ。なので、この国のビジネス本で取り上げられることをもすくない。とはいえ、ゲリラ戦、奇襲などの不正規戦ばかりなので、ビジネスには向かないか。
 この本では、廷安他の根拠地の運営でも、紅軍でも、農村ソヴェトでも、みな明るい。共産党の指導に感銘を受け、自発的に協力し、紅軍のプロパガンダを全員が疑問なく口にする。できたばかりの組織、巨大なミッションを成し遂げたプロジェクトの渦中にあるわかやいだ、生き生きした雰囲気と、メンバーの意気込みがよく書かれている。これが、彼らのプロパガンダによるものなのか、一時的に発生した自発的なものなのかは、数か月の観察からでは読み取れない。毛沢東がなぜヘゲモニーを握ったのか、敵対者はなぜ幹部にいないのか、そのあたりの説明もない。さらに重要なのは、この「革命」が大衆の自発的な組織化から生まれたものではなく(フランスやロシア、アメリカにはあった)、すでにある程度の規模を持った集団が外部から入って既存権力になり替わることで生まれたところ。紅軍や共産党の運営は民主主義的ではないところが重要。なので、このような生き生きとした倫理的な集団も10年たたずに権威主義と個人崇拝の抑圧権力に変わってしまった。それに対抗する大衆や人民の民主主義は根付かない。1991年天安門事件に象徴的。
 あいにく中国共産党にシンパシーを持つ著者はそのような視点はない。なので、これは歴史的な文書として読むしかない。