中世中国らしき地名と人名であり、いくらかアラビア風、日本風の風俗のある国ではあるが、読者の現実世界には存在しない国。夢迦(ムカ)国。その王女・真晝(マヒル)は簒奪者の手により親兄弟を殺され、ようようの思いで逃げ出してきた。そして当代随一の刺客・鹿毛里(カゲリ)を雇うことにする。報酬は夢迦(ムカ)国(当て字が使われていて、それがトリックになっているのだが面倒なので以下はカタカナ表記にする)の金貨50枚。狙うは、ゴーライ国、ブヨ国、クバ国、カセン国、そしてムカ国の国王。すでに、マヒルがカゲリを雇うというのは噂になっていて、国王は警備を厳重にし、賞金稼ぎの刺客を放っている。その困難さにカゲリはマヒルをいさめるも、その決意が固いのを知ると、黒装束に身を包み、闇にまぎれて技を披露することになる。この長い旅を二人は緊張しきって歩くことになる。
第一殺 いざ悪夢の旅へ
第二殺 黒髪の巫女
第三殺 月影日影
第四殺 意馬伝猿
第五殺 花地獄
第六殺 魔導師
第七殺 不可思議
第八殺 闇陽炎
第九殺 夢あらそい
第十殺 醒めてまた夢
全部で10の段に分かれて、それぞれで異様な風体の刺客や剣術使いや白黒の魔術師が登場。義理と信義に厚く、格闘技と忍法の技にたけ、さまざまな戦術・戦略を考案し、敵の罠にはけっしてかからず、信頼にこたえるそぶりを見せながらお姫様の誘いにはある一線を画して心の綾には踏み込ませない男・カゲリも、苦労しながら敵を倒していく。ブヨ国王、クバ国王、カセン国王、ゴーライ国王の順に倒し、途中には優秀な忍者と雌雄を決したり、忍者同士でしかわからない友誼の情を見せながら、旅は進む。最終決戦はお姫様のなつかしい王城の西の塔。カゲリの剣も通用しないかに見える異形の忍者と対峙することになる。
お姫様が優秀な家来と危地を抜けるのは黒澤明「隠し砦の三悪人」だよな、いやジョン・ウェイン「勇気ある追跡」だよ、むしろ「スター・ウォーズ」? 舞台と背景は中国の武侠小説で、どうしても武田泰淳「十三妹」を思い出さずにはいられない。それとも「西遊記」? いやまて、異形の殺し屋をひとりひとりやっつけていくのは、同じ作者の「なめくじに聞いてみろ」だし、奇怪な忍法で敵をバッタバッタとなぎ倒すのは同じく「三重露出」で、ときに殺しでえぐい描写が出てくるのは同じく「闇を喰う男」。ここではこの国の小説のことばかり思い出したが、西洋にだって冒険小説やアクションスパイ小説の系譜があって、それを引用したりもするだろう。という具合にジャンルと国を超えた小説群が記憶から雪崩うってくるのは、俺のいやな性(さが)だな。そんなブッキッシュな記憶をなしにして、口をぽかんとあけ、手に汗握ってページをめくればよいのだ。興奮とスリルの3時間を味わえる。
「なめくじに聞いてみろ」が岡本喜八監督「殺人狂時代」になっているおかげで、評判になっているのに対し、こちらはそれと同等の傑作なのに名が知られていない様子。光文社文庫の傑作選に漏れていたし。残念で不憫。でも、2014年に創元推理文庫で復刊しました。慶賀!
タイトルは日本語の「暗殺-心」と英語のアサシン(暗殺者の意)のかけあわせ。国や人名も全部そういう言葉の遊びを使っている。加えて、カゲリ(これも陰りとのかけあわせか)に敵対する忍者たちも、同じ音に複数の言葉が組み込まれているという仕掛け。彼らの名前の真意が解けることは、彼の技を回避することであり、ここも言葉が重要なしかけになっている。
1981−83年に「SFアドヴェンチャー」に連載ののち、1983年に徳間文庫に収録。解説は「矢田省作」だが、作者本人ではないかとの指摘がある。
都筑道夫のささやかな挑戦状、かな | 概要 | AERA dot. (アエラドット)
なるほど、いくつかの文庫解説に別のペンネームを使って解説をしれっとかいているから、さもありなん。解説のおしまいには
「わからなくても、おもしろいつもりですよ。でも、わかった方が読んでくださると、あちらこちらに、にやにやなさるところが、あるはずです(P350 )」
とあって、本文ばかりか解説にもそういうのを仕掛けているのかとポカンと口を開けることになる。
こちらもどうぞ。
2015/06/01 都筑道夫「銀河盗賊ビリイ・アレグロ」(集英社文庫)