odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

トマス・ナルスジャック「贋作展覧会」(江戸川小筐訳) これまで紹介されなかったのもしゃーないなというでき。

 トーマス・ナルスジャックの第1作で、全編がパロディという異色作。ハヤカワポケットミステリでは21編中の7編が訳出された。

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 有志が未訳短編を訳していた。そこにある3編を読む。労多謝。
(感想のあとのURLは翻訳を公開しているページ)。
(こちらを訳された方です)
2023/03/01 ギルバート・チェスタトン「知りすぎた男」(江戸川小筐訳) 1922年

ナイチンゲール邸の謎(サー・アーサー・コナン・ドイル風に) ・・・ ホームズを訪れたのは古銭収取家の貴族。最近、結婚することにしたが、脅迫状が届いた。どうしようというので、ホームズは家にこもっていなさいという。すると、ある夜、賊が侵入し、古銭を盗んでいった。許嫁は賊に襲われて人事不省。家に侵入するのは困難なのに、どうやって入り出ていったのか。宝はどこに隠したのか。事件はまあ短編探偵小説黄金時代によくある趣向。その代りにホームズ・パロディには必ず出てくる依頼人の仕事当てや捜索中の奇妙な証拠に対するうんちくなどに筆を費やす。訳者も言うように普通のでき。

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〈参考エントリー〉

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幽霊の犯罪(G・K・チェスタトン風に) ・・・ 心霊術に凝った貴族が自宅の台所で交霊会を行ったら、突然足元を何かが駆け回り、悲鳴とともに女性が後ろからナイフで刺されていた。チェスタトンもカーも使ったことがあるトリックでした。あいにくモダニストナルスジャックは神学談義をこねくり回すことができなかったので、チェスタトンらしさは希薄。

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ブラッキーウィリアム・アイリッシュ風に) ・・・ ベトナム戦争(1950年代なので、フランス独立戦争)の帰還兵ジャックは足を負傷して義足になれるリハビリ中。雨の日、ひとりきりになったジャックはグレイハウンドのブラッキー狂犬病にかかったのに気づいた。妻の電話が鳴るが、リビングはブラッキーがうろついているので出ることができない。妻と自分を助けることはできるか、この片足の男に・・・。これを読んだスティーヴン・キングは「俺のほうがもっとよく書ける」と考えて、「クージョ」と「ミザリー」を書いたのである(嘘)。元本が1980年代にでていたら絶対に訳出されていたな。1950年代では早すぎたモダン・ホラー

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 最後のアイリッシュ風の作品は、同時期に都築道夫が外国人作家の名をかたって盛んに書いていたのと比べると、ちょい落ちる。ナルスジャックの知性や教養はアクションには不向きだったのではないかな。
2021/09/17 都筑道夫「ひとり雑誌第1号」(角川文庫)-1 1950年
2021/09/16 都筑道夫「ひとり雑誌第1号」(角川文庫)-2 1950年
2021/09/15 都筑道夫「ひとり雑誌第2号」(角川文庫) 1950年
2021/09/13 都筑道夫「ひとり雑誌第3号」(角川文庫) 1950年

 

 以下はホームズ・パロディと「クイーンの定員」に選ばれた名品。

G・F・フォレスト「ダイヤの首飾りの冒険」 ・・・ ワーロック・ボーンズを崇拝しているゴズウェルはまだ知られていない宝石盗難事件をとうとうと推理するのに驚愕する。「コテコテ」「ワンパターン」のパロディ。作家も作品も詳細不明らしい。

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程小青《チェン・シャオチン》「別荘の怪事件」 ・・・ 作者は中国でホームズものを訳した人。人気がでたのでパロディを創作したとのこと。高名な探偵・霍桑に新築の住宅に幽霊や火の玉がでるようになったので調べてほしいという依頼があった。見てくるだけといった霍桑は3日後に疲れ切って帰ってきた。よくある幽霊屋敷ものです。

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アーサー・トレイン「犬のアンドリュー」 ・・・ WW2前の短編。隣人を忌々しいと感じている男が極秘に犬を飼い、無断で侵入した隣人にかみついた。隣人は犬を傷害で提訴する。なんで、こんな訴えが受理されるのか理解できないので、どこがおもしろいのかわかりません。ダネイさん、どうして?

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ロドリゲス・オットレンギ「名前のない男」 ・・・ 名探偵バーンズ氏のところに名前を思い出せない男が自分の過去を探してくれと依頼してきた。バーンズ氏は手下に尾行させ、自分も出張って、名前のない男の過去を探す。上品な「地下鉄サム」みたいな一編。これも「クイーンの定員」の一つだけど、戦前作だから入れてもいいか、くらいなでき。

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 後半のものは著作権切れの戦前作品。戦前の「新青年」や戦後の「宝石」その他、海外探偵小説を紹介する雑誌には(たぶん)掲載されなかったし、その後も翻訳されなかった。それを発掘した有志の労には感謝するものの、たくさんの編集者のお眼鏡にはかなわなかったのの仕方ないというでき。逆にいうと、日本の読者が珍重する自国探偵小説には、この国だから受け入れられるが、海外には紹介されないだろうものがたくさんあるということだ。