odd_hatchの読書ノート

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加賀乙彦「小説家が読むドストエフスキー」(集英社文庫) ドスト氏の小説は精神病質人格の博覧会。とくに癲癇に注目しよう。

2024/08/27 加賀乙彦「ドストエフスキイ」(中公新書) 精神科医の読みでは、ドストエフスキー理解の鍵は癲癇にある、とのこと。 1973年の続き

 

 精神科医にして作家の著者がドストエフスキーの主要長編に関する連続セミナーを開く。その時著者は77歳(!)。これはセミナーの聞き取りに筆を入れたもの。長編を読んでいることが前提なので、あらかじめ読んでおきましょう(その際解説などに頼る必要はない。二度目以降の再読をしてから他人の評をみる)。

1 『死の家の記録』 ・・・ 長い時間の物語を書く時は、冒頭を濃密に書き、キャラを忘れないで何度も登場させ、不思議で矛盾した存在感を出すのが大事。精神病質人格の博覧会。たとえばAという情勢欠如人がいる。高い知能をもち道徳感情が欠如して殺人などの犯罪を犯す。のちのスタヴローギンがこういうキャラ。
夏目漱石はドスト氏好きで、英訳本に書き込みをたくさんしていたという。19世紀末にはヨーロッパでドストエフスキーブームがあったことの反映。邦訳は内田不知庵(魯庵)訳の「罪と罰」第1部しかでていない。)

2 『罪と罰』 ・・・ 著者は「罪と罰」を4回読んだという(自分も4回読んだが、彼のようにストーリーを語れないや)。ラスコーリニコフの物語に焦点をあてたので、スヴィドリガイロフとドゥーニャの話は出てこない。彼にいくつか異論。「やせ馬の夢」をみたラスコーリニコフは「温かい心情の持ち主で殺人を欲していないという矛盾した心理」の持主というが、他者への慈善と老婆の殺人は両立する。それはなぜかを考える必要がある。それを、ほんとうは「温かい心情の持主」でおわりにするのはダメ。エピローグはいらないというが、それでは彼の改心と復活を見誤るのでなくてはならないところ。江川卓は「謎とき『罪と罰』でラザロの話をしていないのが残念というが、「ドストエフスキー岩波新書1984年で言及済み。また「ラザロ」の意味は「謎とき『カラマーゾフの兄弟』」で謎ときをしています。

3 『白痴』 ・・・ 癲癇の有名人には、モハメッド、ナポレオン、フローベール、そしてドスト氏がいる。特長は粘着と爆発。ドスト氏の癲癇キャラからこの特長がよくわかる。ドスト氏は人の好悪が激しく、敵が多かった。癲癇キャラもそう。いいことばかりすると、「バカだ」と人は言うようになる。たとえばドン・キホーテ。テーマは死を前にした人間の心。

4 『悪霊』 ・・・ ドスト氏はキャラとストーリーが錯綜するように書いているので、しっかり把握することが必要。矛盾が一人の人間に共存するように書いていて、「不透明な厚みのある人物@サルトル」になっている。あとドスト氏は主要キャラの顔の描写に凝っている。顔がないのはイワンくらい。テーマは悪はどこから来るか。
(本書に限らず、「悪霊」の感想で、ワルワーラ夫人とスタヴローギン、ステパン氏とピョートルの「父と子」問題にふれたのがないのが不思議。)

5 『カラマーゾフの兄弟』 ・・・ バフチンドストエフスキー論を簡単にまとめていた。(1)ポリフォニー、(2)自然描写なし(神が創ったので描写の必要はないとドスト氏は考えた)、(3)同時性とカーニバル、(4)歴史を書かない「閉ざされた小説」、(5)ドラマにならない。次に、ベルジャーエフなどのいくつかの大審問論を紹介。大審問官は無神論者と悪魔の表現、大審問官はマルクス主義運動の象徴で、無神論唯物論に対するドスト氏の嫌悪など。ドミートリーの前に膝まづくゾシマ長老や犬に針を入れたパンを喰わせて後悔するイリューシャなどは「大審問官」に集約される。俺の読みとは異なるので、興味なし。メモしておきたいのは、キリスト教の「復活」はイエス自身の復活を指すだけでなく、「イエスを生き生きと見出す」「イエスの生涯が目の前に出てくる」という意味もあるという点。

 

 内容は「ドストエフスキイ中公新書1973年と同じ。この講義を読むと、ドスト氏の小説を読み直したのは新書を書いたとき以来のよう。その間30年の研究はあまり参照していない様子。登場する参考文献も旧いものが多い。20~30代の読書の蓄積で講演に臨んだのだろう。ストーリーが詳しいので、中公新書を補足するのにはよさそう。
 俺からすると、社会や歴史を切り離した「閉ざされた小説」はむりやりにでもこじ開けて社会や歴史とつながるように読みたいし、社会や歴史を反映した「開かれた小説」は社会や歴史をカッコに入れて象徴界を分析するように読みたい。ドストエフスキーの評論をまとめて読んだ(一部読み直した)が、こういう読み方の方が面白かったし、参考になったし、再読したり勉強したくなった。

 

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