odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

高野悦子「二十歳の原点」(新潮文庫)

 1971年に出版された。自殺した大学生の日記をあとでまとめたもの。
 この年齢になるともう読めないなあ。もともと公開を前提にかかれたものではないので、若い女性の心を覗きをしているみたい。さらに、この年齢のころにある潔癖主義とか理想主義と、その一方の自己処罰的な感情などに、どうにもなじめなくて。彼女の2倍以上の年齢を重ねると、感情や境遇に共感できなくなってしまった。
 あと、これを読んでも彼女の自殺の理由はわからない。自分も数人の自死を選んだ人を知っていて、生前の最後の様子などと彼の決意のギャップにとまどった。知り合いと会うと「わからない」をそれぞれ口にした。若い人の自死はこうやってずっと「わからない」を繰り返すのだろうな、と凡庸な感想。


 以下は雑談。
 昔、総会屋雑誌というのがあって、大企業から寄付金をうけて発行している左翼雑誌があった。総会屋規制の法律ができた1980年代初頭にぜんぶつぶれた。「現代の眼」「流動」がその代表。廃刊直前に学生運動で若くしてなくなった人の特集があった。登場したのは、樺美智子、山口博昭、奥浩平、森田必勝、森恒夫など。彼らの名前を知っている人も少なくなった。その中に高野悦子が含まれていた。当時もそう思ったし、今でも違和感がある。

 1969年当時の出来事が書かれている。もはや注釈抜きでは理解できないだろう。「立て看」「アジ演説」「バリケード封鎖」などなど。1880年代のこの国の自由民権運動の記録は農家の蔵から見つかったそうだが(色川大吉「自由民権」(岩波新書))、100年後に1960-70年代の「学園闘争」の記録はどこから見つかるだろうか。