odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ギルバート・チェスタトン「詩人と狂人たち」(創元推理文庫)  犯罪捜査に神学と形而上学は必須?!

 1929年初出の短編集を1977年に翻訳、文庫で出版。自分の持っているのは文庫版初版。カバーイラストは現在のものと異なっていて、しおりひも付き(一時期、創元推理文庫は初版のみしおりひもをつけていた)。

おかしな二人連れ ・・・ 背の高い男と小柄な男の二人連れが寂れた旅館を訪れる。小柄なほうは、背の高い画家風の男(ゲイル)を画家にして詩人の天才であると紹介し、地主にここを新たな観光地にするアイデアを喋り捲る。一方、ゲイルは奇妙なことばかり口にする。ゲイルが宿の看板を画こうとしたら、宿の主人が首をつっているのを発見した。幸い命を取り留めたものの、ゲイルと一緒に地主を追いかけることになった娘はゲイルがいつおかしくなるか気が気でない。夕闇に雷鳴のとどろくなか、雷は宿で首をつっている男の姿を捉えた。見かけと本心は異なるのだよ、ということ。

黄色い鳥 ・・・ 遠くの家で奇妙なことがおきている。哲学者として下宿した男が、家中の窓を開け、自身は屋根に上って手を羽ばたいていた。ゲイルらが家を訪れると、鳥かごは開けられ、金魚鉢が破られていた。そこに帰ってきた家の娘たちにゲイルは家から逃げろと命令する。いったいなにが? 牢獄から脱出する自由をとことんつきつめると、肉体を考慮しないといけなくなり、精神は肉体を嫌悪するようになる。(ポーリーヌ・レアージュ「O嬢の物語」講談社文庫笠井潔「アポカリプス殺人事件」角川文庫))

鱶の影 ・・・ 波打ち際から離れたところで見つかった刺殺体。そのそばにはヒトデの死骸もある。周囲には被害者本人と発見者の足跡しかない。さてどうやって。こういう足跡のない死体の謎は、著者の精神的弟子のディクスン・カーも書いている。「見えぬ手の殺人」のシチュエーションがこの短編にそっくり。

ガブリエル・ゲイルの犯罪 ・・・ 雨男とうわさされる物静かな青年、嵐の夜に、外に出ていすを持ってきてと頼まれた。意を決して外に出た青年にゲイルはわけのわからないことを怒鳴り、ついには彼をロープで縛り、首を絞め半失神にし、柱に縛り付けた。ゲイルの気が狂ったのではないか。ゲイルは青年に問い合わせよという。神学を学ぶ青年は感謝していると返事した。ゲイルが言うには真におそるべき懐疑は観念論者のそれ。自分が全能であるという病を癒すには苦痛が必要、とのこと。
コリン・ウィルソン「賢者の石」創元推理文庫

石の指 ・・・ 高名な科学者ボイグはいつも教会の神父と生命の誕生と進化に関する議論を交わしていた。町の多くの人びとはボイグを熱狂的に支持していた。あるときボイグが神父を訪問した後、失踪した。死んだとみなされるが死体が発見されない。ゲイルの下した判断は二つのことが重要で、チェスタトンは進化論に反対であること(そのために一日で死体が石化するという珍妙な理論を使う)、もうひとつはカリスマの周辺のエピゴーネンたちは熱狂的であるゆえに、犯罪を故意におかすことがあるということ。身につまされるね。

孔雀の家 ・・・ 庭には孔雀、猫がいてはしごが道の上にかけられている不思議な屋敷。そこに侵入したゲイルは思いがけないことに主から晩餐に招待された。君は13人目の招待客だから。そのテーブルには十字に置かれたナイフ。不思議な晩餐を抜けるにあたりゲイルは自分は14人目、13人目は死んでいると語る。なぜそんなことがわかる? われわれはこの不吉なシンボルやジンクスを知らないよな。「孔雀の羽」が不吉なものであることをこれで知りました。堕天使が身にまとうか持っているからだって(ディクスン・カーに「孔雀の羽」という長編あり)。

紫の宝石 ・・・ 高名なひげ面の詩人が失踪した。残された弟は平凡な小売商人。ひげ面の詩人は伽藍(カテドラルだろうなあ)にいって、ステンドグラスを内側から見たいとか、天に昇るのだとか奇妙な言葉を残していた。真相はいかに。江戸川乱歩の随筆「奇妙な動機」で紹介された一編。

危険な収容所 ・・・ 第一話「おかしな二人連れ」の再話。最初は、物語に登場する令嬢の視点であったが、こちらはゲイルの視点で。そこに昔話(ゲイルにやり込められた二人の医者=狂人が復讐を誓っている)が絡んでくる。最後はもう一度第一話の最後に戻り、ウロボロスの輪が閉じ、ゲイルは逆立ちする。


 厳密にいうと探偵小説ではないのだよな。ほとんどの作品で手がかりは充分に提示されていないし、探偵ゲイルの推理にしても心理的な証拠(?)でしかないのだし。ゲイルの方法は、事件の象徴を見出すこと。ひとで、カナリア、石、孔雀というそこにあることが「不自然」な存在。普通の人はたあいもなく見過ごしてしまう小さな存在。ゲイルはその「不自然」さから演繹的に「狂った」精神を見つけ、犯人を指摘する。これって、中期のクイーンの方法だよな。「ダブル・ダブル」とか「盤面の敵」とか。
 それに物語の進行を妨げるほど頻繁に出てくる神学の話。自分にはあわなかった。作者はずっと進化論に反対するくらいに頑迷な人で、科学的な方法や実証主義に疑義を呈しているのだ。さて、上のサマリでは人物紹介はしていない。それは作品の登場人物は記号としての意味しか持っていないから。なにかのリアリティをもっているわけではないから。
 あと、犯行の動機も書かなかった。それは通常の動機がどこにもないから。怨恨、金銭、愛情、復讐そういう世俗的な動機はいっさいない。どの犯人も超人になるため、あるいは人間という桎梏から解放されるために犯罪を行う。ときにはラスコーリニコフやキリーロフ、スメルジャコフなどに似た感情や思想の持ち主もいるが、とても乾いていてドスト氏の創造した人物のように罪と神をめぐる煩悶などない(もしかしたら、この短編集はドスト氏の批判のために書かれたのかしら)。ただたんに自分の超人性を証明したいだけ。彼らがゲイルによって「狂人(ルナティクスをこう訳すのはちょっと強調しすぎ、夢想家あたりに抑えてほしい)」とみなされるのは、著者にとってはそのような試みは挫折されなければならないというからでしょう。ある意味、この作品はチェスタトンの思想表明ないし社会精神批判の書なのだ。やっぱり「探偵小説」ではないよなあ。


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