odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・G・バラード「時間都市」(創元推理文庫)

 1962年刊行の作者の第2短編集。

Billenium 至福一兆 (1961)  ・・・ 人口増が進み、都市は大混雑。一人あたりの居住スペースは4平方mに制限されている。道は身動きがならず、食堂に行くのもいのちがけ。そのような状況で青年はアパートに広大なスペース(と言っても6畳分くらい)を発見。最初は二人で使っていたが、転貸で儲けることにして…。1950年代末はベビーブームと工業化で都市の住宅不足が深刻化。それのパロディ。それから半世紀、人口減と空家が問題化するとはねえ。

The Insane Ones 狂気の人たち (1962) ・・・ 世界統合政府が制定した「精神自由法」により精神疾患には治療が禁じられた。その結果、精神病者は街に放置され、法の圏外に置かれる。一方、精神医、法曹関係者は処罰の対象(精神に介入するから)。町に<狂った人々>がさまよい、<狂った人々>が統治する世界。アーシュラ・ル・グィン「SQ@コンパス・ローズ」の逆の世界。まあ、向精神薬のなかった時代の話。いま、向精神薬をなくそうと主張するトンデモもいるから、この話はリアルであるのだよ。

Studio 5, The Stars アトリエ五号、星地区 ・・・ 「ヴァーミリオン・サンズ」連作のひとつ。その時代、詩人はVTセットと呼ばれる自動詩作機械で文章をつくっていた。詩の雑誌の編集者の隣宅(それがタイトル)に、オーロラ・デイという美女が住む。彼女は陳腐な詩をつくるばかり。ある夜、すべての詩人のVTセットが壊されてしまった。雑誌のためにどうにか詩をかき集めなければならない。しかもオーロラの編集で出さなくてはならない。そこで、唯一、手書きで詩をかけるトリストラムといっしょにオーロラをはめることにした。この奇妙な美しい闖入者は詩作のミューズだったのか(それにしては悪戯好き)。同じころにダール(「偉大なる自動文章製造機@あなたに似た人」)やブラウン(「ユーディの原理@天使と宇宙船」「エタオイン騒ぎ@傑作集」)が自動文章作成機械を考案していた。扱い方がそれぞれ異なるので、読みくらべてみて。

The Gentle Assassin 静かな暗殺者 (1961) ・・・ 新国王の即位と戴冠式、その後のパレード。ある老人がパレードを上からのぞけるホテルにチェックインした。部屋でライフルを組み立て、パレードをまつ。中庭のカフェは青年が少女に時間理論を説明していて、正体不明の中年がそわそわしている。老人は部屋を出て、青年を気にしながら、中年を追いかけた。タイムパラドクスはハインラインの「時の門」に似た体験になり、ライフルの照準から中年を監視する姿はフォーサイス「ジャッカルの日」、その心情はマルロー「人間の条件」。緊迫しているのに静寂しているという奇妙な小説。

Build-Up 大建設 (1957) ・・・ 「至福一兆」の続きか。人口増加のために都市は上下左右に果てしなく広がる。空間は金で買うもの。ある学生が飛行機械を夢想し、実験してみる。しかし都市には「自由空間(フリースペース)」がどこにもない。そこで超特急に乗って、都市のはずれに出てみようと試みる。10日間乗りつづけて、学生の見たものは…。この小説世界では地球が球であるとか、無限の宇宙空間は認識できないことになっている。まあ、われわれ読者のインナースペースは壁で囲まれていて、学生みたいに<脱出>を夢想しながら挫折しているのかもしれないが。

Now: Zero 最後の秒読み (1959) ・・・ 気に入らない上司、パワハラを仕掛ける上司に腹を立てたが、仕事では対抗できない。そこでノートに「○○は△月□日に死亡した」と書き付けた。その通りのことが起きた。実験を継続し、多数の人間を死においやった。そこで最後の実験をすることにした…。ブラウン「うしろを見るな@まっ白な嘘」であり、「デスノート」である。こういう敵意はだんだん人が共有するようになったねえ。

モビル ・・・ 街のモニュメント建設に無名の彫刻家の作品を選んだ。格安でできたが、不細工で錆びだらけ。不評なため委員会のひとりが自宅に持ち帰った。異様な音で目が覚めると、彫刻は成長を始めていく。それを止めるのはできない。ようやく撤去したとき、無名の彫刻家が現れ、不法解体の契約違反で提訴してきた。反訴しようにも写真はなく、廃材はスクラップにされたのだが…。うーん、ウルトラQの「バルンガ」ですな。この成長する機械、あたかも植物のように成長し繁茂する機械のイメージはとても鮮烈。これがあって仮面ライダーV3の機械と生物の合体した人造人間(テレビハエとかカメバズーカとか)、「ヴィデオドローム」「AKIRA」「Matrix」の機械―生物の融合体になるのだね。

Chronopolis 時間都市 (1960) ・・・ その衰退しつつある都市では時間を知ること、時計を所持することは違法だった。今ニューマンは時計所持の罪で判決を待っている。都市が時を失うことにしたのは、37年前のこと。都市人口が3000万人にもなり(西洋では考えられない過密状態)、人々は職業ごとに異なる時間を持地、行動は中央時計局の作成するプログラム通りでなければならなかった。その状態が長年続いた後、人々はラッダイト運動を起こし、時計とそれを監視する政府を壊したのであった。以来、都市は衰退している。さてニューマンに懲役25年の判決が出て、独房に収容されたとき、彼は意外なものがあるのを発見する。なんという皮肉、なんというアイロニー。都市の集団生活では禁止されるものが、独房の孤独では必需品となる。しかしそれは狂気にいたる道しるべ。

Prima Belladonna プリマ・ベラドンナ (1956) ・・・ 著者26歳のデビュー作。「ヴァーミリオン・サンズ」に金色の肌と昆虫の眼を持つプリマドンナがやってきた(松本零士の描く美女に近いかな)。彼女の姿に歌う草花は影響を受けてしまう。草花は過去の作曲家の作品をおぼえてうたうことができるのだ。プリマドンナは花屋の店長をまどわし、混乱させて街を去っていく。

The Garden Of Time 時間の庭 (1962) ・・・ アクセル伯夫妻の別荘には時間の庭があり、時間の花が植わっている。ある夏の終わり、地平線に兵士と平民が後進しているのをみる。そのときから時間の花はしおれていく、夫妻は最後の花は二人でひとつずつ摘み取ろうと約束した。翌朝、暴徒が別荘を襲う。


 宇宙、地球、生命そして人類。それらに必ず招来する未来は、エントロピーの最大化による熱死。あらゆる原子、分子、個体は外部に働きかけるエネルギーをもつことができず、それ自身を維持するためのエネルギーを内部に持つだけで、運動が停止する。そこにおいて、人類そして生命は消滅する。消えるというより、動きを停止し、固着したままになる。そのような分子や個体にはもはや救いは訪れない。うっかり雨の日に外で遊んで関節を錆びさせてしまったブリキマンには、ドロシーやかかしがきて油をさしてくれて再び動けるようになったのだが、そのような存在は熱的死の宇宙にはいない。助ける意思をもっている個体はいるかもしれないが、助けるためにそこに行くことがもはやできない。個体は、意識は、そこにとどまり、停止する。これは抗いがたく、むしろ積極的に動きを止める(形容矛盾だな)ほうが、宇宙的な流れ・エントロピー最大化という科学的な必然の前では論理的・倫理的な行為で道徳であるのだ。この時代のバラードの世界認識はこういうものみたいだ。
 だから、主人公たちは老化し停止してようとしている世界に働きかけない。そして、世界の発せるひそかな音楽やささやきに耳を澄ます。世界にあるのは、静謐、停滞。エントロピーの最大化は世界をごみと化すので、退廃が訪れ、老化した世界と人々は沈鬱に物思いにふける。
 それは作家のビジョンやイメージだけにとどまらない。彼の文体もエントロピーの最大化を目指す。この文体は運動もしずかになり、喧嘩もスローモーションになり、会話は消えてモノローグになる。風景や状況を精密に描写するのは、世界がスティル・ライフのように動きを止めているから。絵画を読み取るように、文章は世界をすみずみまで数え上げ、これ以上書き込む情報がなくなりエントロピーが最大化したときには「The End」とタイプすることしか残っていない。