odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

開高健「オーパ モンゴル編」(集英社文庫)

 「オーパ」シリーズは「世界の名だたる淡水魚(それも肉食魚)をルアーで釣る」というコンセプトで、世界各地に出かけるシリーズ。それより前の「私の釣魚大全」「フィッシュ・オン」から「もっと遠く」「もっと広く」も含めてほとんど世界の大陸を制覇してきた。しかし、この企画を進めていた1970-80年代は冷戦構造が残っていて、ソ連・東欧・中国などの社会主義諸国は入国が難しく、ましてこの種の遊びに属する企画はまず当局の許可が出るわけはない。なので、これまでのシリーズで世界をめぐったといっても、陸地の3分の2に過ぎない。

 行けるようになったは、ソ連ではゴルバチョフ大統領就任以降で、中国では毛沢東の死と四人組裁判以降。中国は、訒小平の経済発展と外交解放の政策で行き来がやりやすくなった(念のためだが、高度経済成長を遂げる21世紀より前の話。人口は多くてもGDPの少ない貧国のひとつだった)。1980年代後半のバブル経済の時代には中国の辺境を旅するドキュメンタリー番組をTV局は盛んにつくって放送した。
 そこで、著者たちはこの国から見ると「最後の秘境」ともいうべき中国やモンゴルに行く。モンゴルではイトウを、新疆ウィグルではハナス湖の大紅魚(ターホンコイ)という怪魚をねらう。後者はネス湖と同じようにUMA伝説ができていて、今でもネットでは「研究」がさかんなよう。この本によると、ハナス湖の怪魚を釣ろうという企画はこの時が初めてらしく、道がないので、当時の副主席の命で軍隊が動員されて道をつくったりと種々さまざまな便宜がこのチームにはかられたようだ。官僚国家の在り方のスケールが大きすぎてびっくりする。もちろんハナス湖ではボウズであり、モンゴルでは1m超えのイトウを釣るなど、挫折と歓喜を、頂上と奈落を味わうことになる。その心情の移り変わりはこの人の細密にして大胆な文章で味わうべき。
 これらの旅は1986-88年にかけて断続的に行われた。翌1989年に肺がんと肺炎で58歳の若さで急逝するので、ほとんど最後の仕事。文章のそこかしこに体調不良、ことに背中の疼痛(バック・ペイン)に悩まされ、水泳とマッサージでも改善しないので消耗している様子が見て取れる。そうみれば、オーパの最初のブラジル編1978年や「もっと遠く」「もっと広く」1980年のアメリカ大陸縦縦断行のときのはつらつさ、新鮮な好奇心、町をほっつき歩く自由さなどはここでは失われていた。そろそろこの旅をしていたころの著者の年齢に近づいてきた自分には、著者の体調の切実さと心情の悲哀に強く感情移入してしまう。ともあれ、お疲れさまでした。
 さて、この本で「easy to go, easy to come」を「悪銭身につかず」と訳していて、はたと膝を打った(死語)。英国のロックバンド(という紹介は不要か)のQueenが「ボヘミアン・ラプソディ」1975年を出した時、自力で歌詞を訳そうと試みたのだが「easy come, easy go」でつまづいた。ここでようやく理解できた。試みから40年以上経過してのこと。