「作家の日記」は「本来の日記ではなく、雑誌『市民』でドストエフスキーが担当した文芸欄(のちに個人雑誌として独立)であり、文芸時評(トルストイ『アンナ・カレーニナ』を絶賛)、政治・社会評論、エッセイ、短編小説、講演原稿(プーシキン論)、宗教論(熱狂的なロシアメシアニズムを唱えた)を含み、後年ドストエフスキー研究の根本文献となった」とのこと。
1860年代前半に、兄といっしょに作っていた雑誌で、同じような文章を大量に書いていて、その続きといえないこともない。ときに短編小説がある。日本では後期の短編小説を編んだ本が少ないので、読むにはこの大部な「作家の日記」を読まねばならない。
1873年 ・・・ 「罪と罰」「賭博者」1866年、「白痴」1868年、「永遠の夫」1870年、「悪霊」1871年をすでに上梓済。50代前半になっている。小説に、雑誌の論文に、と多忙な時期。
全体は16の章に分かれている。個々のトピックを紹介しても仕方がない。ペテルブルグの文人や絵画の批評、新作戯曲の評判、教会のできごとなど、21世紀になってはもはや感興を覚えないような話ばかり。そこから浮かび上がるドスト氏の考えなどを見た方がよい。
とはいえ、すでに全集「論文・記録」でみた1860年代のそれから変化がみられるわけではない。「ヨーロッパの強国にならなければならない」という主張の背後にあるのは、ロシアが遅れていることの自覚。でもロシアの国民は苦痛の欲求があり、それが法悦と浄化につながり、ロシア国民の唯一の愛はキリストに向けられるというのはドスト氏の考え。苦痛の欲求は21世紀の日本人には理解不能だが、ステープルドン「アルクトゥールスへの旅」で同じ主張がみられるとすると、19世紀末にはそういう思想の流行があったのか。富国強兵のために禁酒を推奨(ないし法制化)というのには苦笑するしかない。
注目は「4.個人的なこと」「16.現代的欺瞞について」。ドスト氏は自作解説や小説の方法、文学論をほとんど書いていない。前者では「鰐」、後者では「悪霊」の反響について書いている。いずれも「革命党」の称賛や援護でないかという評がでたが、そういう意図ではないと反論している。とくに後者ではネチャーエフ事件のあとだったこともあり、いろいろ疑惑を持たれたらしい。しかしドスト氏は若いころ(ペトラシェフスキー事件)であっても、同じことはしない(党員にはなったかも)という。この革命党の思想は「無産階級が(ブルジョアの)私有財産を略奪するだけ」であり、「ヨーロッパの肩書をありがたがる気持ち」に由来する「人民に対する冷笑的軽蔑」をもっていて、それが悪の根源であるとする。ロシアの外の思想であり、土着でないことが問題だとするのだ(ナロードニキのように「人民の中へ」もドスト氏は否定)。でも、ドスト氏はなぜエリートが外の思想を受け入れて犯罪を犯すようになったか、想像力を働かせ、さまざまな人物を通じていくつもの理由を考えてきたという。その成果があの大長編。ドスト氏の口からは、どうしてできたかの謎は解けない。
ボボーク(ある男の手記) ・・・ 文学者が墓の近くでまどろんでいたら、死者の会話が聞こえてきた。死者はおしゃべりをしていて、生前の社会階層をそのまま維持。でもひとりがそうではないといって騒がしくなる。結末のないまま、夢落ち。バフチンは「戴冠と奪還」を読み取ったらしいが、そこまでの興味は持てなかった。ロシア怪談集に収録されることもあるらしい。
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