2024/12/05 フョードル・ドストエフスキー「白痴 上」(新潮文庫)第1編1-5 女好き・神がかり・金儲けの欲望を持たない天使人間が汽車にのってペテルブルクにやってくる。 1868年の続き
男が結婚するためには持参金を用意しなければならない。なので好色と金儲けは一体になっている。ここまでに金を用意できている好色な男はロゴージンとガブリーラ。二人がナスターシャに結婚を申し込むが目的は異なる。ロゴージンは成り上がりなので社交界で有名な女傑を征服したい。ガブリーラは彼女の金を使ってさらに成り上りたい。ナスターシャを目的にする男と手段にする男が角突き合わせる。
そこに天使人間のムイシュキンがやってくる。好色と金儲けという欲望はないし、他人を手段にして生きることもしない。およそ人間的な欲望から解放されている。欲望まみれの男ほど、ムイシュキンをみるといらだたしくなる。
6 ・・・ 夫人と三人の娘になぜここに来たのかを語る。スイスのサナトリウムにいるとき、村に肺病病みの娘がいた。いちど駆け落ちして男に捨てられたので村人からひどい差別と暴力を受けていた。ムイシュキン一人がやさしくしてやり、子供らに彼女がかわいそうだという話を繰り返すと、子供たちは彼女に愛しているというようになる。最後の日には村人の何人かが介護するまでになった。しかしその行為でムイシュキンは司祭に疎まれサナトリウムを追い出されてしまった。人はムイシュキンをいつまでも子供という。それでいいとムイシュキンは語る。
(ここは「カラマーゾフの兄弟」第4部のアリョーシャと子供たちの関係そっくり。他者への献身は幸福でありそれを行う友愛の共同体が社会を救う。ムイシュキンは汽車に乗るとき「自分は世間へ出ようとしていると思いつく。サナトリウムの天国を追い出された天使は汽車にのって人間世界に落下するように入ってくる。)
7 ・・・ ムイシュキンはガブリーラが持ってきたナスターシャの写真をみて美しい人とつぶやく。それを見た夫人と娘たちもナスターシャに興味を持ち出す。ガブリーラが来て、アグラーヤに渡してほしいと手紙をムイシュキンに押し付ける。アグラーヤはムイシュキンに手紙を読んでそのまま返せと命じた。ムイシュキンを罵倒するガブリーラ。侮辱するなと抗議するムイシュキン。
(天使のように正義をするしかないムイシュキンは善悪にとらわれる人間からは嫌われる。誰にでも公正であることは、誰かの利益を損なうこともあるから。天使のようなムイシュキンと会話すると、内面も主張もないムイシュキンは鏡のように自分の本当の姿を映し出してしまう。なので、ムイシュキンを嫌うか好むか極端に分かれる。)
8 ・・・ガブリーラの家に到着。父のイヴォルギン将軍は社交界から締め出された落ちぶれ貴族。ガブリーラはなんとかして社交界に入りたい。そこでナスターシャと結婚を画策している。でも将軍の父と妹ワルワーラ(ワーリャ)は結婚に反対。ことに妹ワーニャはナスターシャが家に迎えることになったら出ていくと公言している。ムイシュキンは家族の口げんかに閉口して部屋に行こうとすると、尋ねてきたナスターシャにでくわす。
(ムイシュキンは写真でナスターシャを知っていて名指したので、ナスターシャは驚く。この時からナスターシャは不機嫌で高飛車。ナスターシャが嫌われるのは素性が怪しいため。6に登場した肺病病みの娘のように、出自で差別されているわけだ。肺病病みの娘は差別で卑屈になったが、ナスターシャは差別者に抵抗する。差別者をバカにできる金を持っている。)
9 ・・・ イヴォルギン将軍がきてナスターシャと対面。イヴォルギン将軍が昔話をすると、ナスターシャが1週間前の新聞記事とそっくりだと指摘。赤面してどぎまぎするイヴォルギン将軍。
(ナスターシャは高飛車、暴君、高慢、無作法、高圧的。そのうえ頭が良くて情報通。将軍家の面々をばかにしているのがあからさま。ガブリーラは家庭内では暴君であるが、彼女を前にすると対抗できない。侮辱された屈辱を耐えるしかない。)(このやりとりを家族だけでなく、下宿人も見ている。ときに茶々を入れる。ドスト氏のポリフォニーの例。)
10 ・・・ 今度は酔っぱらったロゴージンがレーベジョフと12人くらいを引き連れて、将軍家に乗り込んでくる(一人では入ってこれないビビり)。現金18000ルーブルをテーブルに置き、10万ルーブルまで用意するといってナスターシャに結婚を申し込む。ナスターシャは笑って拒否。ワーリャはナスターシャを恥知らずと侮辱(それを聞いたナスターシャは自分を「おばかさん」と自嘲する)。ワーリャはガブリーラの頬に唾を吐く(最大級の侮辱)。怒ったガブリーラはワーリャを殴ろうと手を挙げ、それを止めたムイシュキンの頬をひっぱたく。ムイシュキンがナスターシャに「あなたはそんな人ではない」というと、別人みたいにおとなしくなったナスターシャはでていき、ロゴージンらも退席。
(殴られたムイシュキンを気遣ってナスターシャとガブリーラを除いた人たちが集まる。そこで6でムイシュキンがしゃべった肺病病み娘と子供たちの話につながる。ムイシュキンは攻撃を受けやすい。しかし他人が放っておかずにいられないような弱さをもっていて、他人がおのずと援助したがる。
11 ・・・ 部屋に戻ったムイシュキンにコーリャ(ガブリーラとワーリャの弟の少年)が心配してくる。ワーリャも来てなぜナスターシャに「そんな人ではない」といったのかと尋ねる。ガブリーラも来てムイシュキンに謝罪。ガブリーラはナスターシャとの結婚をあきらめていない。75000ルーブル手に入るので、それを元手に資本家になると宣言する。コーリャが済まなそうな顔つきで将軍の手紙を持ってきた(この章では未開封)。
(将軍は社交界から締め出されたころからアルコール耽溺になった。なので現実とホラの区別がつかない。将軍家はユダヤ人らしい。将軍が社交界から締め出されたり、ガブリーラが劣等感と強い自尊心を持っているのは出自に由来する差別にあるのだろう。)
新潮文庫の裏表紙には、ムイシュキンのことを「純心で無垢な心を持った」と評しているが、自分の読み(本エントリー冒頭)とは異なる。俺の見立てでは、ムイシュキンには好色と金儲けの欲望がなく、他人を手段にすることがない。
「純心で無垢な心」のような内面が行動や身振りや発言に現れるのではない。欲望(これは言語化しにくい)の現れである身体の行動や身振りや発言をみて、他人の内面を推測するのだ。だから「すべての人から愛され、彼らの魂を揺さぶるが、ロシア的因習のなかにある人々は、そのためにかえって混乱し騒動の渦をまき起こす」。
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2024/12/02 フョードル・ドストエフスキー「白痴 上」(新潮文庫)第1編12-16 ナスターシャの部屋。集まった人々が事件を持ち込み、この世を浄化する炎が舞い上がる。 1868年に続く