odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

オー・ヘンリー「傑作集」(角川文庫)-1

 O.ヘンリは昭和の時代にはよく読まれていた。高校時代に新潮文庫の3冊本を読んだが、今回は角川文庫が1969年に改版したものを読む(翻訳は1950年代だろう)。
 作者名はペンネーム。30代にこういう短い話で大人気になり(当時、週刊誌が流行していて、平易な文章を書く早書きの作家が求められていて、ヘンリーはぴったりだった。収入は莫大になったが、生活は破滅的。そのために40代で早死にをしてしまった。
 作家がもっとも旺盛に書いていたのは日露戦争の前後のころ。ときどき背景に現れる。夏目漱石森鴎外と同世代にあたる。同時に、O.ヘンリはコナン・ドイルの同時代人でもある。以下の短編の発表時期はホームズ譚と同じころに発表された。世界帝国であるイギリスと、資本主義と大衆社会にいちはやく到達したアメリカと、「普請中」の日本のちがいに思いをはせたくなる。

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警官と聖歌 ・・・ 冬の寒気(ニューヨークは寒い)を逃れるために、「島(監獄)」に入りたいと願う若いルンペン。軽犯罪を犯すが警官はまったく目をむけない。意気消沈しているところに讃美歌が聞こえてきた。改心したかどうかは外見ではわからないとはいえ、理不尽。

献立表の春 ・・・ ドイツ人の経営するレストランのメニューをタイプ打ちするのが唯一の仕事。春になってメニューが変わったのに、恋人が帰ってこない。急いで仕事をすます。そしたら思いがけず・・・。メニューの英語をドイツ人が読めないというのがみそ。

賢者の贈りもの ・・・ ニューヨークに住む若い夫婦(夫は22歳)。明日はクリスマス。プレゼントに使える金はほんのわずか。そのときにおもいついたたった一つの冴えたやり方。作者が解説しているので、解釈は不要。キリスト教社会ではプレゼントの交換が必須なのだね。あと書かれたのはヘレン・ケラーの若いころで、アメリカでは格差が大きかった。富めるものは障害を克服する機会をもてたが、貧しいものはあるものだけやりくりしなければならない。そういう時代のおとぎ話。
2014/02/05 ヘレン・ケラー「わたしの生涯」(角川文庫)

二十年後 ・・・ 20歳になったので独立独歩し20年後に同じ場所で会おうと約束した。そういう話を居合わせた警官にしている。うれしそうに。コナン・ドイルに「五十年後」という話があって、こちらはハート・ウォーミング。
2018/01/16 コナン・ドイル「傑作集1」(新潮文庫)-推理編 

忙しい株式仲買人の恋物語 ・・・ 株式仲買人ハーヴェイ君、秘書に結婚を申し込みたいが、仕事が忙しくてその暇がない。大口取引の最中に、申し込む暇をみつけた。乱歩の初期短編みたいな恋愛「失敗」譚(乱歩があと)。
(参考 乱歩「算盤が恋を語る話」1925.04 江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」(講談社文庫)

美服のあだ ・・・ 69日間粗食に耐えた若者はためた金を一晩で使い切る。それが貧乏生活の唯一の楽しみ。ある晩、足首をひねった美少女を見つけて食事に誘った。思惑の交錯とすれ違い。

馭者台から ・・・ ご機嫌になった馬車の馭者(タクシー運転手と思いなせえ)が若い女を乗せた。一日中乗り回して、金を持っていないという。警官につきだそうとしたが・・・。タクシーを貸し切りにし、レストランに入るなどはニューヨーカーの最新(当時)のモード。
(これはずっとあとのものだが。ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」(ハヤカワ文庫)

第九十九隊の外交方針 ・・・ ニューヨークの消防隊。ある日の出動で、移民に来たばかりの阿呆のおかげで大事故を起こした。その阿呆があるとき、消防隊の惨事を未然に防ぐ。1904年は日露戦争の最中で、おおむね庶民は日本に好意的。それがコザックのおかげで助かると、ロシアへの好感情に一転する。ポピュリズムというのはこういう移り気なもの。
当時の消防隊(アメリカ)

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一文おしみの恋人 ・・・ 百貨店の売り子が客の若者にデートに誘われ、プロポーズされる。でもそでにして。「美服のあだ」の変奏曲。アメリカでは、1900年ころには百貨店が未婚女性を売り子に大量雇用していたのだね。女性解放の素地のひとつ。
(参考 1920年代には百貨店は大盛況。エラリー・クイーン「フランス白粉の謎」(ハヤカワ文庫) 1930年)

桃源郷のはかなき客 ・・・ 避暑地の有名な高級ホテルにマダムがひっそりと優雅にすごしていた。そこに紳士が現れ、貴族かブルジョアの会話を楽しむ。これも「美服の仇」の変奏曲。ハッピーエンド。この二人、数年後に「賢者の贈りもの」に登場しそう。

ハーグレイヴズの二役 ・・・ 南部育ちの爺さん、北軍への恨みとレイシズムを忘れない。売れない役者の青年だけが話し相手。金がなくなってにっちもさっちもいかなくなり、芝居にいくと、爺さんをそのまま模したキャラが出ている。あの青年のしわざ。青年は成功したので援助したいと申し出るが爺さんは断る。青年の恩返しの冴えたやり方。

アイキイ・シェインスタインの惚れ薬 ・・・ ドラッグストアに勤める青年、友人の駆け落ち計画を相談される。相手は青年もプロポーズしたい若い娘。どうにか阻止しようと惚れ薬の注文に睡眠薬を出した。結果は・・・。「賢者の贈りもの」も悪意があるとダメになる。

福の神と恋の神 ・・・ 懸想している相手が婚約することになった。その馭者を青年は勤めなければならない。祖父に相談すると金で解決できる、いいからいけという。馬車はニューヨークの真ん中で大渋滞にはまってしまった。映画「スティング」か富豪刑事@筒井康隆みたいなオチ。

緑の扉 ・・・ 雑踏を歩いている青年が「緑の扉」と書かれたチラシを二回も受け取った。気になって緑の扉を見つけると、美女がいた。ボーイ・ミーツ・ガールの変形(芝居のチラシを何かの誘いと青年が勘違いして、偶然の出会いがあったというオチ)。

マックの身代金 ・・・ マック爺さんが22歳の娘と結婚することにしたが、娘はそんな気はない。そこで「わたし」は青年エディと結婚したら1000ドルだすことにした。もったいぶった書き方なのでよくわからないが、娘とエディを早く結婚させたいためにマックが仕組んだというわけなのね。

 

 この翻訳のありがたいのは、当時のスラングや流行りに注がついていること。21世紀に20世紀初頭の文章を読むにあたり、当時の風俗まで基礎知識はないからね。そうして見えてくるのは、すでにフロンティアが新大陸からなくなり、移民の数代目になって多少の成功を収めたものは、見栄えやマナーに気を配り、大陸風の紳士のようになろうとしていること。その一方では、東欧・南欧などから別の移民(言語を異にする)がやってきて、都市が民族のサラダのようになっていること。そこに大量消費の風潮が始まって、現代に通じる生活に代わりつつある。ポーの予感した都市ができつつあり、メルヴィルのみた狭いコミュニティが解体・拡散して多様性をもつものができつつある。
(この後に読んだ以下の本で、20世紀初頭の転換の様子が簡潔にまとめられています。)

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2021/05/06 オー・ヘンリー「傑作集」(角川文庫)-2 に続く