odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」(ハヤカワ文庫)

 大不況から10年も経過していたが、経済は復興せず、青年画家イーベンは売れない風景画しか書かない。夕暮れの公園で一人の少女に出会う。数日後に再開したとき、彼女ジョニーはなぜか数年を経たかのように成長していた。イーベンは彼女に魅かれ、肖像画を描く。それはようやく画廊の女主人に認められ、画家として独り立ちできるようになる。ジョニーはますます成長し、美しくなっていく。イーベンは彼女なしの生活をかんがえることができない。

 悲恋で終わるファンタジー。こういう物語だと、ストーリーの中盤に愛の成就をもってくる。それが美しく、現実を忘れることができるほど魅力的なものであるほどよい。それが、一日かけた田舎へのピクニック。タクシー運転手ガスに頼んで、田舎に行き3人で野外の食事。ガスは気を利かせてタクシーの中で昼寝。二人は午後の時間を二人きりで過ごす。いままでは数時間の逢瀬だったから、この一日は永遠の長さをもっている。こういう平凡で、しかし大切にしたい記憶を誰しももっていることだろう。これが美しいのであるから、その後二人が会うことがないことに同情し、劇的な結末を迎えて悲しみは増幅される。ストーリー展開の基本だな。
 再読すると、2つのことに気づいた。ひとつは、時代が1938年(発表は1948年)に設定されていること。1929年以来の不況がようやく克服されたかのような時期であるが、それは西欧のファシズム勃興による軍拡によるもので、むしろ戦争直前であることの不安感の増した時代であった。冒頭、主人公の画家は貧困であったが、たぶんそれはこの時代の多くの人の状態に近い。そういうところに無垢な少女が現れ、明確な理由がないまま年上の画家に恋慕するのである。「現代」が不安定で、不完全であるにもかかわらず。たぶん、彼女「ジェニー」は当時の人たちの感じていた1920年代以前の「幸福」な時代へのメタファー。過去は不変であるから完全であると思われ、そこへの後ろ向きの憧憬が生じている。ロマンティシズムの典型的な心情と一致する。
 まあ、これは深読みだな。とりあえず、読者が過去への憧憬、成功しなかったロマンスへの感情をかきたて、夢がかなっていることを垣間見せることができたことに注目しよう。若い読者であれば、これから起きてほしい愛の場を想像するだろうし、すれっからしの中年読者でも成功しなかった過去の愛の場を追憶することになるだろう(そういう個人的な記憶を喚起させられ、読中にすっかりぼぉっとしてしまったのだった。恥ずかしいなあ、もう)。
 もうひとつは、主人公の男の成功物語であるということ。主人公の画家の作品は売れなかった。彼は風景を得意にしていたが、それは誰の賞賛を浴びることがない。しかし、ジェニーに会ってからは、人物画に転向し、そこに彼の「愛」を表現することができるようになる。それが他者の共感、承認を得ることになり、作品は次第に高値で売れるようになる。この小説はたぶん主人公が老年に至って回想したものとおもわれるが、ところどころで小説のストーリーが終わったあとでさらに成功を得て、富と名声を獲得していることをさりげなく表明している。これもまた読者の共感するところになるだろう。自分の感性を信じろ、自由な表現をしろ、そうすれば成功はあとからついてくる、こんな教訓を得るのではないかしら(まあ個人的には、この教訓はよくないと思う)。さらに主人公の周辺人物、常連のレストランの経営者(無名の画家にいきなり壁画を発注する)、タクシーの運転手(底抜けのお人よし、でも主人公が成功すると自分の貧困や才能の無さに引け目を感じる)、画廊の主人(最初に作品の価値を認める)など男性はみなよい人。主人公は彼らの好意に自然と乗りながら、成功を収めていく。これもまた読者の欲望を満たしてくれる主題に違いない。一方、登場する女性はいじわる(主人公の下宿の女主人、ジェニーを連れ込むことに怒り、でていけという)か、底意地が悪い(画廊の共同経営者、皮肉と憐憫の持ち主)か。あまり女性に共感を持った描写をしていない。だから、少女=天使のジェニーが美しくなり、共感を呼び、賞賛される存在になっていく。
 最後にジェニーは悲劇的な最後を遂げたらしいことが暗示される。結果として彼女は愛する男を成功させるために、身を投げ出したのだった。これは19世紀のロマンティシズムによくある話。この作品では、少女の自由意志で最後の逢瀬を演出したのであるが、これって男の側に都合のよい改変なんじゃないの。ここらへんに女性の読者はどのように感じるのかしら。
 (時代は1938年。このとき画家イーデンは27歳なので、1911年生まれ。ジェニーの年齢は登場するごとに変わるのだが、手がかりはボードヴィルの芸人である両親が事故で亡くなったときのこと。そのとき彼女は10歳くらい。ガスの発見した新聞記事によると、事故は1922年に起きた。というわけでジェニーの生年は1912年と推測される。ああ、この二人は同い年だったんだ。ラストシーンで明かされる新聞記事ともつじつまは合うね。とすると、おさななじみとの再会と恋愛の始まりという物語。えーと、ブラッドベリ「みずうみ」と根はおなじなんだな。ちなみにブラッドベリ「たんぽぽのお酒」は1928年という時代。ということで、「たんぽぽのお酒」の少年時代をイーデンやジェニーは共有しているわけだ。恐慌直前のこの年は、振り返るのにふさわしいアメリカ人の黄金時代である。)

  

 映画もある。まだみていない。イーベンが、ジョゼフ・コットンなのがちょっと微妙な気がする(キャロル・リード監督「第三の男」でコットンを知ったので、素面でも酔っているようにみえてしまうのだ)。

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