odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

イタロ・カルヴィーノ「くもの巣の小道」(福武文庫)

 イタロ・カルヴィーノの最初の長編小説。カルヴィーノパルチザンに加わっていたし、WW2戦後にはイタリアで「レジスタンス小説」が多数出版されたそうだ。その時流に乗っていながら、ズレたところのある小説。

 おそらく1944年夏の北イタリア(具体的な年月や地名は書かれていない)。たぶんムッソリーニは首相を下りている。そのためにドイツ軍がイタリアの大中都市に進出して、新独政権といっしょに治安を担当している。ドイツ軍の徴発やスパイ摘発などに怒る人々や収容所を脱走した者たちなどは、自発的に組織化して対独の抵抗組織を作った。武器を持ちゲリラを行うし、ときにはどこにあるのか本書ではわからないパルチザンの統括組織からの指令で一斉蜂起を行うこともある。ドイツ軍に見つかれば、拷問され、銃殺されるのであり、しかしそこから脱走する者も時にはいる(ドイツ兵は土地勘がないし住民他の消極的抵抗で見つからないこともある)。
 さて、大人びた少年(ティーンにはなっていないのじゃないかな)ピンは、ドイツ兵からピストル(P38というからルパン三世が持っているものだな)を奪う。それを誰もいかない荒野に埋め、そこを「くもの巣」と名付けていた。逮捕されたとき、パルチザンの青年と知り合いになり、彼の脱走の駒に使われる。一緒に逃げ出して、パルチザンの仲間にはいる。当然武器など渡されないし、雑用ばかりを言いつけられる。ピンは大人に従うのではなく、トリックスターのように悪態をつき、秘密を握り、逃げ回りながら部隊の外に出ることはない。
 このパルチザン、出自がさまざまで共産主義を信奉する革命志向のものもいれば、ドイツ軍のやり口に怒っているだけの理由で加わるものもいれば、居場所をなくして流れ流れているうちになんとなく加わったものもいれば、武器愛好を満足するために黒シャツ旅団(ファシスト団体)にいたのが裏切ってパルチザンにいるものもいる。なにしろ隊長自体が長年のゲリラ活動で疲れ切り、投げやりになっているという次第。俺らとしては、スペイン市民戦争の義勇兵や中国の八路軍のような統制と規律の集団を期待したいところだが、そんなものはない。途中で一斉抵抗の作戦を伝えるために旅団長と政治委員がやってくる。彼らはパルチザンの在り方を議論する。旅団長はボルシェヴィキのような革命家集団にしたいと啓蒙と教育の重要性を説くが、インテリ志願兵の政治委員は無駄だという。参加の動機や出自の異なる人々がパルチザンに結集するのは屈辱からの抵抗、祖国防衛の意識だけで、それ以外に共通点のないものをイデオロギーでまとめる必要はないと。発表の1947年にはレーニン主義の主張のほうが強かったので、政治委員のように考える人はほとんどいなかった。それから75年もたつと政治委員の考えを書いたカルヴィーノの先見性に驚く。
 またレジスタンス小説にありがちなカタルシスがこの小説にはない。後半に書かれたドイツ軍への大規模反攻はピンがパルチザンのアジトから抜けたことで書かれない。ドイツ軍協力者が懲らしめられるシーンもない。アメリカ軍などの解放勢力の情報はいっさいない。なにより、学校が閉鎖されほとんどの人が仕事をしていない「戦時」がこの後も継続し、キャラたちはいつまでも戦っていかなければならないと思わせる。前のパルチザンの閉塞状況もあって、このレジスタンスはきついままに置かれている。
レジスタンスや蜂起は英雄性をみせるところではあるが、むしろ人間の弱点を露わにして分断を強めることになる。なにしろ人を殺したり、疑ったり、地元の施設や公共財を破壊することは強いストレスになる。なのでないに越したことはないし、あっても早期に終結させるべきもの。戦時を日常にするとか、後の人が戦時を生きた人をナショナリズム強化に使ったりするのは避けないといけないし、そのような言説には警戒しないと。その点カルヴィーノのこの小説は戦時の賛美には使えない。サルトル「壁」シムノン「雪は汚れていた」ヴェルコール「海の沈黙・星への歩み」ユリウス・フチーク「絞首台からのレポート」コスモデミヤンスカヤ「ゾーヤとシューラ」とは違う立ち位置にいる。また日本にはこういうレジスタンス小説はない。兵士体験か収容所体験、銃後の戦時下の日常を描いたものばかり。レジスタンスや抵抗の経験の乏しさを反映している。たぶん在日文学にはそれがあるはず。)
 とはいえ、小説は明るくもあるのは、大人びた少年ピンの存在のまぶしさにある。大人の言うことをよく聞くよいこではなく、まわりにいじ(め)られる暗い子供でもない。大人をからかい、過去に拘泥せず将来に思い煩うことのすくない彼のキャラは戦時下においては明るさを示す。
<参考エントリー>
イエールジ・コジンスキー「異端の鳥」(角川文庫)

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 「くもの巣」はピンがピストルを隠した荒野であり、人が行かないきれいな場所のシンボル。ピンがこの場所を繰り返し思いだせるのが、戦時下の「遊びと人生」しかない暮らしで平静を保つ技術なのだろう。現在は過酷であっても、想像でそこに逃げることができるからね。最終章で「くもの巣」は荒らされているのが分かったが、ピストルをとりもどせたので、「くもの巣」は荒地からピストルに変わったのだろう。そのあと、ピンは自分で道を歩くようになった。(でも、戦時下が終わった後、社会に適応できるか不安)。

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