odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学_エンタメ

曽野綾子「太郎物語」(新潮文庫) 冷静な頭脳(クールヘッド)はあるが温かい心情(ウォームハート)はない「よい子」が快不快だけで物事を即決し葛藤を経験しないままエリート学生になるまで。

昭和30年1月23日生まれの山本太郎くんは、高校生。大学教授の父と翻訳家の母を持つ一人っ子。でもって、成績はそれなりに優秀(勉強している描写はなくてもどうやら上位にいる模様)、個人でするスポーツ好きで陸上部に所属し県の大会で11秒3を出して2位。…

司馬遼太郎「竜馬が行く」(文春文庫) 実在の龍馬ではない「竜馬」は、伝奇小説とハーレクインロマンスの主人公

最初に読んだのは中学1年生のとき。「国盗り物語」の大河ドラマを欠かさず見ているときに、「国盗り物語」「の原作を読み、これほど面白い小説があるのかと図書館にいって、同じ著者のこの小説を借りてきたのだった。(自慢することにしよう。それから1年を…

山田風太郎「神曲崩壊」(朝日文庫) 地獄めぐりで見た日本の著名人ののたうちまわり。彼らが史実通りに行動するほど読者は哄笑する。

1988年ころに本屋で「人間臨終図鑑」という大部の本を見た。上下2巻で、一歳から90歳くらいまでの有名人の死にざまを書いたもの。国籍、性別、職業に関係なくともあれ有名人であれば、とにかく死にざまを収録しようとするもの。配列の基準は単純に死亡時の年…

司馬遼太郎「項羽と劉邦 下」(新潮文庫) 始皇帝が身罷ったあとの中国古代帝国誕生の物語。英雄の巨大さは日本人からは計り知れない。

ふむ、四半世紀前のほぼ同じ月に読んでいたのか。 そのときは、中国の歴史にはほとんど無知だったので、この小説にはほとほと苦労させられたのだった。作者のほかの小説との差異を考えれば、僕らとしては、中国古典と中国古代史を基礎知識として持たないので…

井上ひさし「偽原始人」(新潮文庫) 第2次ベビーブームで子供が多すぎる時代に競争社会。大人は子供を使いすてる。

池田東大(わが子に東大(読みはとうしん)という名前をつけるってありそうで怖い)くんはやせっぽちで運動がよくできないし、勉強もそれほど好きではない。特技は物語を作ること、いろいろな計画をたてること。しかしそういうところは親はまったく評価して…

井上ひさし「下駄の上の卵」(新潮文庫) 敗戦直後の本物がないから簡素でインチキな品で代用する。占領解除後も代用は続いている。あと人生は8対7のシーソーゲームみたいなもんだ。

「夢にまでみた、真白な軟式野球ボールが欲しい。山形から闇米を抱えて東京に向かう六人の国民学校六年生の野球狂たち。上野行きの列車の中は、満員のすし詰めだった。二斗六升の米を、無事に東京まで運べるだろうか。少年たちの願いもむなしく二斗の米が…。…

山田風太郎「くノ一忍法帖」(角川文庫) 大阪夏の陣を逃れた千姫を守る女忍者と服部半蔵らによる夜と闇に紛れた暗闘と蒲団の上の死闘。

夏の陣で千姫は亡くなっていないという奇想からさらに想像力(というより妄想力)をたくましくしていき、そこに実在の人物のさもありそうな思惑を加えていく。大阪夏の陣で五人の女忍者が千姫を連れて逃げ出し、千姫のおなかには秀頼の子供が宿っている。そ…

村上元三「次郎長三国志」(春陽文庫) 次郎長一家の義理人情にあふれた男の共同体世界にユートピアを見る。

山田宏一氏の「次郎長三国志 マキノ雅弘の世界」という本で、マキノ雅弘監督による同名の連作映画のことを知っていてから、すこし気になっていた。あるいは、平岡正明が、極真会館本部にいたころ、練習のあと、居酒屋で次郎長や子分のことを練習仲間と評して…

富田常雄「姿三四郎」(新潮文庫) 講道館柔道が異種格闘技戦、バーリ・トゥードを闘っていた時代。文章で書かれた熱血スポーツ漫画。

黒澤明監督の「姿三四郎」を先に(ずっと以前に)みていたので、上巻から中巻にかけてはその映像を思い出すことができた。村井半助役の志村喬は、その表情までも思い出すほど。 克己心のある野暮な主人公、しかも彼は非常に優れた運動能力を持っている。彼は…

司馬遼太郎「義経」(文春文庫) 「義経」の脱神話化・脱英雄化を目指しているせいか人気がない一編。

作者の長編では、なぜか人気のない一編。理由を考えると、「義経」の脱神話化を目指しているから。ここに描かれた義経は、英雄的なところがまったくない。義経に「ヒーロー」を期待する読者を裏切っている。 上巻では、四条河原での弁慶との劇的な出会いがな…

奥泉光「グランド・ミステリー 上下」(角川文庫) 錯綜した物語は、登場する人物にはまったく全体像を把握することが不可能。SFでもミステリーでも風俗小説でもある摩訶不思議な小説ジャンル。

物語は真珠湾攻撃準備で太平洋を渡航中の空母から始まる。第1次攻撃に向かった艦爆機が帰還すると操縦手が服毒死している。その直前には機体整備の兵士が理由なく失踪している。また潜水艦では決死の小型潜水艦による真珠湾攻撃準備中、潜水中の艦内で重要書…