odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

筒井康隆「全集19」(新潮社)-1975-77年の短編「ポルノ惑星のサルモネラ人間」など

 いくつかの作品は「宇宙衛生博覧会」新潮文庫に収録。

12人の浮かれる男 1975.07-10 ・・・ ルメット「12人の怒れる男」1957年は、圧倒的に不利な被告をひとりの陪審員が無罪を主張し他の陪審員を納得させる。アメリカの草の根民主主義ロールモデルみたいなドラマ(のはず。未聴)。さて、こちらはこの国の最初の陪審員裁判の模様。被告は無罪であると思われた。しかし12人の浮かれる男たちはもっと楽しく、センセーショナルに、マスコミに名が載る、などの感情で、非現実的な論理で被告を有罪にする。そのうえひとり無罪を主張する陪審員を脅して有罪評決にもっていく。このあたりのやりとりやむちゃくちゃな論理には捧腹絶倒するのだが、うすら寒くなるのはこの「会議」はこの国の組織やシステムで頻繁に見聞きするもの。組織やシステムの利益が優先され、個人の権利が侵害される。正義や公正を主張する者は組織やシステムの論理や利益に同調しないので、排除される(時に暴力を振るわれる)。書かれて50年たつというのに、リアルなんだよなあ(この国でも陪審員制度が始まったが、こんないいかげんな運用はされていない、と思います)。

ヒノマル酒場 1976.07 ・・・ 大阪の新世界通天閣下にあるヒノマル酒場。仕事をおえた労働者がいつものようにグダっている。テレビをつけると、路地の風景が映り、円盤が宙に浮かんでいる。ドキュメンタリーかドッキリと思って誰も気にしない。緑色の宇宙人が店に入ると、偽物だろうとつぶしてしまう。どんどん店に人が入りこれ以上入れなくなったとき、ランニング姿の男が来て、強引に店を閉めてしまう。「ファースト・コンタクト」も庶民にかかっては台無しになるところを嗤うべきか、日本のマスコミの無責任差を嘲笑するか、いろいろ読みどころがある。

発明後のパターン/善猫メダル/前世/逆流 1976 ・・・ ショートショート。こういうところで新しい試みをして、あとで中編や長編で全面展開している。

死にかた 1976.12 ・・・ 原価計算二課に突然オニがやってきて、課員10人を殺していく。十人十色の反応。

こぶ天才 1977.01 ・・・ その惑星ではランプティ・ダンプティという虫を背中に癒着した人は天才になった。販売店には毎日客が訪れる。それから20年後。能力と姿形のわずかな差異と嫉妬などで差別の生じる恐怖。

裏小倉 1977.06 ・・・ 小倉百人一首の裏バージョンがあったと思いなせえ。本歌のあまりのでたらめさに腹を立てていく。「バブリング創世記」「早口ことば」「カラダ記念日」などを参考。

上下左右 1977.07 ・・・ 各階5部屋で4階あるアパート。それぞれの部屋のできごとが同時進行で書かれる。全部で5場面。いろいろな仕掛けがあって、部屋ごとの関係があって、読者参加ができてと凝った仕掛け。ピアノ殺人、過激派の爆弾製造、訪問セールスマンのよろめきなど世相も反映。

三人娘 1977.06、09 ・・・ ある会社の資材課課長を追い落としたい平社員が、三人娘にノイローゼにさせる計略を実行する。自分のサラリーマン時代を思い出して、途中を読めませんでした。なんともグロテスクな日本型経営の現場。平凡な中年サラリーマンが狂気に転落する過程が綿密に書かれている(「腹立半分日記」によると、そこに苦労したとか。)

廃塾令 1977.11 ・・・ 終電車で塾帰りの小学生が殺されたのをきっかけに、塾を廃止する法律ができる。しかしもぐりの塾ができて、次々に摘発される。当時の第2次ベビーブーマーによる進学問題と教育ママの存在を誇張して描く。ここでもこの国のシステム(「12人の浮かれる男」のような付和雷同同調圧力など)とか政府に規制を求める大衆、マッチポンプと繰り返す低俗なマスコミなどに気が滅入る。あと、ドキュメンタリーないし台本のような書き方(そのうえ冒頭のテレビを見る家族がそのままドキュメンタリーの出演者のようになっているという入れ子構造付)も意欲的で実験的。

ポルノ惑星のサルモネラ人間 1977.02 ・・・ ナカムラ星通称ポルノ惑星という異星の生態を研究している調査員たち。女性隊員が突然妊娠してしまい、治療法の研究のために先住民にコンタクトをとろうとする。小説の大部分はこの星のエコシステムに関する考察。読者のいる地球では異種間の競争と進化論のルールで動いているが、この星は異種間の交雑と退化論のルールになっているのではないか。その結果、極めて安定し平穏な系になっている。とくに重要なのは、近代西洋の作ったシステムでは性が隠蔽され、それゆえの攻撃性が人間に備わったが、このポルノ惑星では性と生の区別はなく、協調的で平和になっているということ。エコシステムに関する説明は当時の生態学の知見に基づいていてきわめて正確。そのうえ科学では「トンデモ」にはいるようなSFの「進化論」も説得的に書いている。のちに「文学部唯野教授」などで哲学や文学理論のサマリを書いたが、その先駆。みごと。もうひとつは音のあそび。架空の生物(しかし地球の生物によく似たもの)をあらわすときに、日本語の語感を生かしつつ少しずらした音を使う。それがリアルとファンタジーの両方にかかったものとして読者に伝わる。「発明後のパターン」では形容詞や動詞で同じような音の遊びをしていた(「虚構と現実」によるとハリウッド俳優の名前を圧縮したものとのこと)。ここでは名詞で行っていて、とても効果的。


 のちの虚構理論をつくる直前。そちらに向かう実験を抽出する読み方は、サマリーの中でやってみた。繰り返さない。
 この小説の共通性を見れば、映像作品とのリンクの試みかしら。シナリオ風の「廃塾令」だし、マンガのコマを小説にもってきた「上下左右」だし。最初の三本の短編も、ひとつのセットのなかで人が入れ代わり立ち代わりしてドラマを進めていくというところが芝居風。
 こういう試みをしながら2年もすると、その実験は止めて、次の試みを始めるというのだから、この40代前半の著者はなんとバイタリティのあったことか。