odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

竹中労「鞍馬天狗のおじさんは」(白川書院)

 この本によると、戦前の日活には坂東妻三郎、片岡千恵蔵月形龍之介、そして嵐寛寿郎の4人がいて、それぞれが主役を張っていた。年に一度くらいは共演作が作られて、それはとても人気があったという。とても遅ればせながら、自分も彼ら主演の映画を見るようになった。とても面白い。プログラムピクチャーと呼ばれる早撮りで、千篇一律のシャシンと言いえるのだけど、すぐに映画に引き込まれ、それから1時間半、すっかり時間を忘れてしまう。もちろん「終」の文字とともに内容をすっかり忘れる、それがどうした。と啖呵をきりたい。

 ただ、ほかの俳優に比べると、こと嵐寛寿郎はフィルムが残っていないので、どうにもしがたい。きちんとみたことのあるのは、工藤栄一監督の「十三人の刺客」くらい。鬼寅親分はまだ機会をもっていないです、すみません。
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 さて、この嵐寛寿郎。ずっとスターであったのだが、他の3人が主演にこだわったのに比べ、50歳を過ぎてからはワキに回り、多種多様な作品に出たのが特長。酒は飲めないのだが、代わりのばくちとオメコ(ママ)には果てしがない。自分のようなぼんくらからすると、その破天荒さはスターのごとき輝きをもっていて、この人にはかなわないとため息をつくしかない。その華やかな生涯はこちらにまとまっている。
嵐寛寿郎 - Wikipedia
 その記述のもとになっているのが、この本。アナキストを自称するトップ屋は芸能記者でもあって、戦前のチャンバラ映画と戦後の新東宝に深い愛着を持っている。中でも「鞍馬天狗」に幼少時から入れ込んだこともあって、このような聞き書きが生まれた。著者が編集して三人称で語ることも可能だったろうが、ここではやわらかな京都弁の一人称にしたのが大正解。いっきに読み終え、彼の映画をどうにかしてみたくなる。
 さていくつか。
嵐寛寿郎は賞とは無縁。「鞍馬天狗」「むっつり右門」などのシリーズ映画が大ヒットして、文字通り「金の雨」を映画会社に降らしたそうだ。しかし、インテリからそうすかん。そのために賞をもらえなかった。また、彼が映画界に入った1910年代は、歌舞伎や舞台の役者の方が格が上という意識が強かった。映画界入りを歌舞伎や舞台の師匠や先輩に切り出すと、「板から泥へ落ちるつもりか(舞台は板張りだが、映画は土の上で撮影するから)」とけなされ、絶縁されたそうな。社会の差別の構造がそこにあって、嵐寛寿郎はそのひどさを実体験としてもっているわけだ。
15年戦争中に差別は別の形で現れる。映画法がつくられ、映画会社が無理やり統合され、制作内容に軍隊や官僚が介入してくる。その結果、つまらない国策映画がつくられ、チャンバラ映画の企画は通らない。そういうのがひとつ。国内では食い扶持がないので、失業中の役者や裏方を集めて嵐寛寿郎一座の慰問公演を満州や中国で行う。満映で甘粕大尉や李香蘭(2014年9月7日死去)に会うなどの奇縁もあるが、重要な証言は満州軍の高官たちは専用の楼閣を持っているということ。夜ごと彼らはそこに出かけ、酒を食らいオメコ(ママ)をしていた。そういう連中が上にいるというのが、この国の軍隊で不満を生む原因になっている。兵士向けの慰安婦は、このような軍と政府の高級官僚への不満をそらすために生まれている。そして、戦地でこの国の兵士が強姦をした理由のひとつになっている。あと敗戦直後に京都で「オメコの特攻隊募集!」というダンスホールの張り紙を見たなんてことも証言。さすが、「オメコ(ママ)」を大事にする人、見るところが違う。これらを見聞きした嵐寛寿郎は自分を「反戦主義者」という。
(ここで強調しておかないといけないのは、嵐寛寿郎は政治的人間ではないし、「反骨の人」でもない。仕事をする人で、生活人で趣味人。そういう普通の人の感覚を持つ人の感想であり、思想であることが重要。)
・あと期せずして、無声からトーキーに代わる時期の貴重な証言にもなっている。無声映画は、この国の場合、弁士付きでないと真価がわからない。なにしろ擬音・効果音まで弁士が出していたというから。無声映画の時代はスターのプロダクションがたくさんあった。それが一気に亡くなったのは、トーキーになると機材と技術者に金がかかるようになり、大手資本と弱小プロの制作では雲泥の差が出てしまったからという。こういう事情は映画評論家の書き物では見えてこないので、役者や裏方などの現場の証言はとてもおもしろい。戦前をカバーしているこういう証言は、あとマキノ雅弘「映画渡世・地の巻」(角川文庫)、廣澤栄「日本映画の時代」(岩波現代文庫)、千葉伸夫「原節子伝説」(翔泳社)くらいしか読んでいないのだよなあ。不勉強がいまにたたりました。