odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-3 紅一点がチームを結束する鍵であり、人間の知恵と経験が闇や怪異を駆逐し、理性と科学で世界を明るくする。

2020/04/13 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-1 1897年
2020/04/10 ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-2 1897年

 

 教授一行といい加減にかいていたが、改めてメンバーを紹介すると、ヴァン・ヘルシング教授、ジョナサンとミナのハーカー夫妻、ルーシーの主治医ジャック・セワード医師、ルーシーを失ったアーサー・ホルムウッド(ゴデルミング卿)、アーサーの友人でアメリカの大地主キンシー・モリス。軍隊のような訓練をうけているわけではないが、それぞれの特長を生かして欠点を補おうとする一時的なプロジェクト。うちに潜む問題は、吸血鬼に襲われたミナの状態が芳しくないこと。ミナの危機や自己犠牲の決心を前にしてジョナサンは心くじけそうになる。この青年の成長も大状況の危機が深まるにつれて、十分ではないことが露呈され、この克服もこの後のテーマになるであろう。
 6人のメンバーの中に紅一点。このフォーマットはのちのアタック・アンド・エスケイプのチームの基本になった。知っているのは昭和の戦隊ものタツノコプロのアニメくらいだけど。紅一点のミナはチームのアイドルではあるが、なにごとかの役割をもっているわけではなく、せいぜい巫女になることを期待されているだけ。男性優位社会での期待される女性像がとくわかる設定だとおもう。たたかう女性が登場するのはこの半世紀あとになってから。

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セワードとミナの手記ほか ・・・ ミナの具合は悪くなり、昼間は昏睡状態。夜間には無口になって遠くを眺める目つきになっている。このままではいずれ魔の手に落ちると一同は心配する。ミナは悪を体現する前に(ルーシーの最後に強烈な印象を受けているのだ)、自分を殺してくれと言い出す。全員が落涙(世界の危機が女性の献身や自己犠牲で克服されるというのはロマン派時代に流行った物語)。教授が網を張っていると、ロンドンの港から一隻の船が出帆し、ルーマニアを目指しているという。その航路は催眠術をかけたミナから聞き出せるとわかり、一行は陸路で先回りする。到着する港では、一行の先回りをされて(ドラキュラ伯爵は周囲に霧を立ち込めさせて目をくらますことができる)、ジプシー(ママ)に大きな箱を持ち去らせた。そこで、一行は3つに分かれてそれぞれ独自にドラキュラ城を目指すことにする。最初に到着したのは教授とミナの組。城が近づくにつれて、ミナは昏睡状態になり、看護する教授もふらふら。城の入り口にキャンプを張ると、中から3人の娘が二人を誘惑する。教授の書いた結界を超えることができないので、ようやく安心できた。遅れてきたジョナサンをいっしょに城の扉を壊し、隠れていた箱に眠る三人の娘を成仏(おかしな言い方だが俺はそういうしかない)させる。ジプシー(ママ)の馬車と部族は城にやってきて、一行を襲撃する。6対多数の圧倒的不利な戦い。箱に眠る伯爵・・・
(このあと、ドラキュラ城が崩壊するシーンが書かれたらしいが、出版時に削除された。のちに発見されて風間賢二編「フランケンシュタインの子供」(角川文庫)に収録された。ずいぶん前に読んで手放したのでうろ覚えなのだが、軽快な平井訳と異なり、重厚なゴシックロマンスの文体だったと思う。)
 ミナの額の痣は消え、美しさを取り戻したのである。


 以上のアタック・アンド・エスケープは残り100ページを切ってから。それも大半が追いかけと待ち伏せに割かれ、「決戦」は10ページにもみたない。そのうえ、白昼の戦いであるために、伯爵は復活せず、圧倒的な力を誇示することができなかった。一行の作戦勝ちなのであるが、読者の贅沢を言わせてもらえば、場内の戦いを数倍かけて詳述し、味方の負傷と献身に手に汗握らせ、伯爵の高笑いと断末魔の叫びを聞かせてほしかった。というものの、そういうのは20世紀のモダンホラーにたくさんあるから、そちらでおぎなえばよい。とりあえずはキング「呪われた町」マキャモン「奴らは渇いている」を推奨(といって他のを知らないのだが)。
 さて、ロンドンからトランシルヴァニアのドラキュラ城まで舞台は移動する。そのために、一行は馬車に乗り、船で大陸に渡り、汽車に乗る。すなわち、当時の交通手段と交通網を駆使してヨーロッパを横断するのだ。いまでこそ、この移動は古風でのんびりしたものであるが、出版当時としては最速の交通手段を乗り継ぐという、とても高額でしかし早い移動だった。なかなか乗れないものであったので、庶民は汽車の情報に飢え、時刻表を手にしては想像の旅を行った。それがマニアを生んだのであり、ここではなんとミナが熱狂的なマニア。この汽車はいつ到着するかの問いに、すぐさま返答している。
 また、一行がロンドンの廃屋やドラキュラ城の調査するさいには、懐中電灯を手にしている。そうすると、この時代には電池が販売されていたと推測できるが、正しいか? 蝋管蓄音機に速記術と、技術の発達にとても敏感な記述。
 見た目はとても古風なゴシックロマンス。荒れた城、多発する怪異に無差別殺人事件、いじめられる娘、エロティックな象徴など。でも裏返すと、科学と技術がオカルトに勝利している。上のようなガジェットであり、教授の科学・哲学・民族などの圧倒的な知識、セワード医師の医学と心理学の知識。これらが吸血鬼による危機を克服した。オカルトや超常現象、心霊現象はあったとしても科学と技術には対抗できず、人間の知恵と経験が闇や怪異を駆逐し、理性と科学で世界を明るくすることができる。そういう科学の勝利の物語。

 

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 ドラキュラの末裔が1950年代のアメリカの都市にやってきて探偵小説稼業に乗り出すというお話。

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