10年ぶりの再読。1765年の作品で、会話と地を区別する「」(”)がないから、だれがどこでなにをしているかを把握するのが大変になる。そこで前回読んだ時のメモが本に挟んであったので重宝した。
2012/01/12 ホーレス・ウォルポール「オトラントの城」(国書刊行会)
上のエントリーでは第2章までを要約していた。ネタバレ云々を気にする本ではないので(なにしろ初出から250年経過)、もうすこし先まで追いかけよう。
「巨大な軍刀の騎士」はマンフレッドに、お前はオトラントの城の簒奪者だからでていけ、さもなくばイザベラを引き渡せと要求。イザベラは地下道を取って聖ニコラス教会に逃げ込んでいて不在だったので、マンフレッドは騎士を城に迎え入れ歓待することにした。ジェローム神父はイザベラの居場所をマンフレッドに伝え、おりしも嵐の吹きすさぶ中、教会に向かう。騎士はその話を聞き、地下道にはいるが、途中にイザベラを発見。そこを離れろといっしょにいたセオドアに命じるも、セオドアは剣を抜き、それは騎士を傷つける。苦しい息で騎士は自分が行方不明になって死んだと思われたフレデリック公であり、イザベラは自分の娘と告白。さて、再び姿を隠すことになったセオドアはマティルダに一目ぼれの相思相愛に。それを知ったイザベラは自分もセオドアに心奪われていたが身を引こうと決心。夫に離縁されようとしているマティルダの母ヒッポリタと三人で煩悶する。このややこしい関係をみて、ジェローム神父はマンフレッドと峠を越えたフレデリックに二重結婚(マンフレッド-イザベラ、フレデリック-マティルダ)を提案する。しかしフレデリックの前に修道士の服をまとった骸骨(かつてマンフレッドを助けた隠者と知れる)が現れたり、オトラントの城に巨大の兜の他、巨大な軍刀や籠手を着けた腕が飛来してくる珍事のために話が進まない。なんとなれば、城の正統な継承者が新たな君主でなければならないという故事の正しさを裏付けているから。再び、教会に隠れてしまったイザベラを追ってマンフレッドは先王アルフォンソの墓所に向かうと、誤ってわが娘マティルダを刺殺してしまう。マンフレッドは喉を狙って自害しようとして、周囲にとどめられ、ついに継承者をセオドアにすることを決意。そのとき、飛来してきた兜や籠手を着けた手や軍刀が集まって、巨大なアルフォンソの姿となり、栄光に包まれ、聖ニコラスの迎える天に上がっていったのである。マンフレッドは悔い改めヒッポリタとともに修道院にはいり、セオドアが君主となるも、マティルダを失ったセオドアは心晴れないままであった。
1765年の作。翻訳者による解説からトリビアと読み方をいくつか。
・オトラントの城の描写は微細で正確だが、トリニティ・カレッジを模しているとも。オトラントはイタリアの地名で、作者は音の良さで選んだが、のちに小説の描写に酷似した城があるのを知って驚いたとか。
・18世紀の半ばにイギリスは「メランコリーの時代」という文学のブームがあり、憂鬱をテーマにした作品があったとのこと。その文学運動で埋もれた自我、人格の非合理的な深層を発見した。それはこの作品にも反映している。ちなみに同時代のフランスは啓蒙主義、ドイツは神秘主義があって、ヨーロッパの地域ごとの違いも興味深いと思う。
・この作品は1529年にイタリア出版されたものの翻訳、もとは十字軍の時代に書かれたと思われるなどと序文にあるが、これは同時代の物語によくあった仕掛けとのこと(エーコ「薔薇の名前」がそういう趣向だった)。序文ではヴォルテール「カンディード」が称賛されている(理由はよくわからない)。
・「ゴシック」趣味は中世に魅かれたが、その中世は「宗教と詩と歴史の間が不分明」「信仰と迷信の時代」「広範な経験領域を有する」のであるとのこと。(18世紀が科学の時代で、明晰さやわかりやすさや合理性が重視されていたのを思い出して、ゴシック趣味が反科学や反啓蒙の契機を持っているのに注目。たぶん後期ロマン派の中世趣味にまで通じているかも)。
・物語は「勘違い、意味の取り違え」を推進力にしていて、「ロジックの混乱と真正の情念」の対立があり、特にマンフレッドの「宇宙の不条理に対する崇高な憤り」の近代性に注目。
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18世紀のイギリス小説は、スウィフト「ガリバー旅行記」、デフォー「ロビンソン・クルーソー」くらいしか読まれない(スターン「トリストラム・シャンディ」がそれに次ぐか)。それに負けず劣らずの面白さを持つ「オトラントの城」が入手難になっているのは残念で、文庫化を希望。この小説から1816年のメアリー・シェリー「フランケンシュタイン」(こちらは複数の翻訳が文庫ででている)までそれほど遠くはないので、ホラー好きのためにもぜひよろしく。
あと夏目漱石「文学評論」ではホーレス・ウォルポール「オトラントの城」およびゴシック小説への言及はなかった。漱石が知っているような和や中の怪談とはテイストが違いすぎて、分析しようがなかったのかしら。でも、どうやら漱石は「オトラントの城」が好きだったといわれているよう。それは「薤露行」「倫敦塔」のような初期作品を読むと納得。本書は現代文による翻訳だが、平井呈一が擬古文で翻訳したものもある(東雅夫編「ゴシック名訳集成」学研M文庫)。
2012/01/06 夏目漱石「文学評論 1」(講談社学術文庫)
2012/01/07 夏目漱石「文学評論 2」(講談社学術文庫)
2012/01/09 夏目漱石「文学評論 3」(講談社学術文庫)
さらにちなみに、ホーレス・ウォルポールは「リチャード3世」善玉説を唱えた人(ジェセフィン・ティ「時の娘」ハヤカワ文庫参照)。
ジェセフィン・ティ「時の娘」(ハヤカワポケットミステリ)
「オトラントの城」の映像。
Otrantský zámek/1973~1979年/カラー
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