odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-3

2021/11/26 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-1 2015年
2021/11/25 牧野雅彦「精読アレント「全体主義の起源」」(講談社選書メチエ)-2 2015年

 

 WW2の終結によって、巨大な全体主義は潰えた(ということにしておく)。では全体主義の経験とは何だったのか。「全体主義の起源」の改訂で追加された論文を読む。

f:id:odd_hatch:20211122090540p:plain

第五章 イデオロギーとテロル ・・・ 全体主義運動の行動原理となるはイデオロギーであるが、その内容(貧困からの解放、民族の統一など)ではなくて、観念の論理的強制力にある。この強制力に服すると、内面の自由を放棄して、内面の強制力で動員される。そこまで来ると、指導者と大衆の区別はほとんどない(オーウェル1984年」で指導者たるビッグ・ブラザーは存在するのかどうかわからない)。全体主義では人間は孤独で孤立する。通常の意味での生と死を否定する(なので強制収容所は生と死の彼岸にある)。このような内的自由の放棄は、「人間の条件」で考える活動actionの対極である。活動な内的自由から生まれる物事を創り出す力。共和制や民主制は共同生活の異なる経験を前提にしているが、全体主義は孤立と孤独の経験しかない。
全体主義の経験は人に記憶と思考を拒ませる。多くの経験者やサバイバーが沈黙するのはそのため。処罰できない犯罪、許すことができない犯罪があることを知らせる。なので、全体主義を志向する者、レイシストや排外主義者は全体主義の経験がなかったという歴史捏造や陰謀論に与する。)
全体主義強制収容所は、人間の法的人格と道徳的人格をはく奪した。個人の尊厳を認めないさまざまな処置は人格を完全に破壊した。歴史捏造が、さまざまな全体主義の経験とくにホロコーストについて否定するとき、被害を受けたものと被害者と同じ属性を持つものの人格は否定され、そのつど(現在においても)破壊される。歴史捏造が完全に否定されなければならないのは、その点において。)

第六章 戦後世界と全体主義 ・・・ ではもう一つの全体主義であるスターリニズムはどうなったか。ハンガリー動乱後の1959年に書かれた論文を読む。ソ連・ロシアの全体主義の特長は、衛生国をロシアと同水準に引き下げることにある。警察による監視を強化。スターリンは住民の絶滅とロシア人の再入植を考えていた。これはアメリカの同盟国システムが国家主権を残すのに対応してもいる。フレシチョフは非スターリン化を行ったが、全体主義帝国主義政策は継続。衛星国で非スターリン化したポーランドハンガリー(のちのチェコスロヴァキアも)は政情が不安定に。スターリニズムを温存したルーマニアアルバニア東ドイツなどは「安定」。全体主義は余剰人口が成立の条件であり、成立後は人口抑制策をとるが、経済発展は人的資源を必要とし、全体主義の方針と矛盾する。人口の多い中国が共産主義になり全体主義的な傾向を持ってきたので、ソ連アメリカと現状維持を図ろうとしている。
ヒトラースターリンも後継者を指名しなかった。全体主義は後継者選びで混乱する。こういう視点でみるとき、1989年の東欧革命では、全体主義の後継者選びで不安定になった国は政権の外に政党や政権担当能力のある政治団体があって移行はスムーズにいったが、強力な指導者を持っていた国はそれらはなく改革にも失敗して混乱が起き、粛清(ルーマニア)や内戦(ユーゴスラヴィア、ロシアの近東衛星国)が起きた。経済体制や民主化要求だけでなく、政権側の理由も考えたほうがよさそう。)

結 『全体主義の起源』以降のアレント ・・・ 略

 

 本書の方法は、アレント全体主義の起源」を章ごとにサマリーを作っていくこと。引用が多いので、アーレントの思考の順番を観るのにはよさそう。アーレントナチススターリニズムの同時代人。彼女の観た全体主義の動きが書かれているのも、時代の様子を知る手掛かりになる。代わりに、アーレントの考えが分断・寸断されて、国民国家から全体主義に至る大まかな流れを把握しにくくなったのではないか。くわえて「全体主義の起源」には記されない経済や政治状況の解説が抜けているのは残念。モッブや大衆が登場する背景がわかりにくくなっている(すなわち読者のリアルと重ならない)。
 自分は先に川崎修「ハンナ・アレント」(講談社学術文庫)を読んだ。こちらは「全体主義の起源」の章立てにこだわらないで、アーレントの考えの全体をスケッチすることに注力する。その結果、モッブと大衆がクローズアップされて、全体主義運動の勃興と隆盛がとてもリアルに感じた。
(その代わり、ロシア・ソ連の動向や分析が薄くなってしまったので、本書による補完が必要)。
 どちらを読んでもアーレントの観察と分析と思考はすばらしい。