odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

横手慎二「スターリン」(中公新書)

 ソ連崩壊後にスターリン関連の文書が公開されたことからスターリン研究が進んだ。それに基づく手軽な評伝を読む。これまで読んできたさまざまな共産趣味の文書でおおよそのできごとは知っていたが、それらはレーニントロツキー、あるいは市井の共産主義者・シンパから見たものだった。ここではスターリン自身に焦点をあてることで、レーニントロツキー他を第三者のようにみることになる。

 スターリン(鉄の人)は本人がつけた運動名。ジョージア(元グルジア)に1877または1879年に生まれ、青年で職業的革命家を志してからずっとロシア国内で活動をつづけた。本書をみると、外遊した形跡もなく、40歳ころにボルシェヴィキに入るまではめだたない人物だった。以後は党の組織関係の要職につき、支持者を増やし、革命直後のウクライナでの食料徴発を成功させる。レーニン脳出血で倒れたころから後継者の一人になり、レーニン没後熾烈な党内闘争に勝って、独裁者となる。若いころの重要なところは、他の党員が理論や対外情勢に注目していた時に、民族問題と組織論で論文を書き実務を行っていたこと。これらは革命後の国家運営で国内政治を進める際に、スターリンが成果を出せた分野だった。
 さて、スターリンの生涯では3つのことが気になる。
 ひとつは、1920年代の党内闘争でどのようにして勝ったかということ。党の外では人気のあったカリスマ・トロツキーではなく、党内外では無名とみなされた「凡庸」なスターリンがなぜ選ばれたか。加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」(朝日出版社新潮文庫)によると、カリスマ・トロツキーの暴走を恐れた指導部が「凡庸」なスターリンを選んだとされる。本書を読む限りでは、スターリンは変貌したのではなくレーニンの路線や方法をかなり忠実に踏襲した(農民からの熾烈な食糧調達、逮捕処刑などはレーニンの政策由来。重工業化もそう。資本主義の攻撃から祖国を防衛することを最優先にするところも)。そこをどう評価するか。
 二番目は国内の苛烈な政策。党員、市民などを逮捕し粛清(処刑だけでなく、強制収容、追放、監禁など)し、国内の農民の飢餓を放置した。彼は知的な党員に対する劣等感と尊大な心理をもち、猜疑心が強かった。そのような心理だけでは説明できない。スターリンの作ったソ連共産主義イデオロギー(資本主義国家による攻撃をソ連は絶えず受けていて防衛しなければならないなど)が国民や国家機能全体に働き、抑圧や監視、粛清を止める機能が排除された。本書では少数民族の浄化や反ユダヤ主義、インテリの粛清などは「行き過ぎ」などと説明されるが、アーレント全体主義の起源」などを参照すれば、ソ連共産主義イデオロギーの本質はレイシズムにあるのではないか。この視点に欠けていて、本書は物足りない。
(40代になる前の地方活動家であるときは、グルジアジョージア)が複雑な民族関係で混乱している際、ロシア系(権力を持つ異邦人)、ジョージア系(ロシア正教系)、アルメニア系(イスラム)の民族自治を認める立場でいたのが、独裁者になってからは少数民族浄化を実施するに至る。この変化をどう説明できるか)
 三番目は敵対的な対外政策。共産主義国家は資本主義によって内外から攻撃されているというイデオロギースターリンの一国社会主義は周辺国家に対して敵対的であり、尊大なふるまいは脅えと一体になっている。ロシアとソ連では、日本にいつか攻撃されるという疑念が常にあり(日露戦争とシベリア出兵の記憶から)、ソ連崩壊まで日本が復讐することを警戒していたという。とくにWW2直後では、日本の将校や兵士などを数万人捕虜にすることが復讐に対する防御であると考えられていた(そこから日本兵捕虜の「シベリア虜囚」がきわめて長期に及んだのか、なるほど)。国家間の闘争があり自国の優位をいかに保つかという発想はとても帝国主義時代の19世紀的なもののみかただ。国外の強大な「敵」にどう対処するかがスターリンの対外政策の基本であって、ナチスドイツや共産中国との関係も一筋縄ではいかない(はたから見ると「複雑怪奇」なものになる)。アメリカに対する強気な姿勢の背後には、戦争による疲弊と軍事費強化による国内生産性の停滞があった。そこに1950年以降のスターリン自身の衰えが加わり、外交は一貫性がなくなる。
 これまでは、スターリンは個人的な資質によって暴虐を働き真の社会主義共産主義を逸脱させた人物であるとみなされてきた(ことに日本。しかもこの評価は左翼も右翼も同じ)。しかしソ連・ロシアでは重工業化による経済発展を成功させ「大祖国戦争」を勝利させた英雄であるという評価もある。ソ連崩壊から30年たち、資本主義が定着したが経済格差が広がり、かつての恩恵を受けられなくなった層からはスターリン賛美も出てくるようになっている。あるいは大ロシア主義を再現しようとする21世紀のロシアが過去の成功者としてのスターリンを思いだそうとしているのかもしれない。愉快な人物でも生涯でもないし、読むほどに暗澹たる気分になるのだが、「スターリン」的な政治はまだ批判検討しなければならないようだ。ことにスターリンになる前の地方活動家であった時代に関心事項であった民族問題と組織論について。どちらもマルクス主義者がきちんと考えてこなかった問題(革命やプロレタリア独裁で解消すると棚上げしていた問題)。ここをなおざりにしないことはこれからの社会の在り方を構想するのに必要(たとえば、少数民族は自決権があるべきかシティズンシップを広げるべきかのような)。本当にうっとうしい。
 ただ新書でページ数が限られ、背景などの情報を持っていない読者を想定しているので、記述や指摘には物足りない。(といって邦訳もでているぶっとい伝記本を読む気にはなれないからなあ)。

 

 

スターリン毛沢東は自分の子供を戦争に従軍させた。スターリンの息子は捕虜になり、収容所で死んだ。毛沢東の息子は戦地で死んだ。国家の指導者であっても息子を戦地に送るのは立派だ見習うべきという風潮があった。それを前提にして、二人の独裁者が子どもを送りだせたのは、義務や法治に則ったというより、彼らが他人に無関心で価値を認めていないところにあったのではないか。実際、彼らはパートナーや子供と距離を置き、一緒に暮らさない時間が長かった。スターリンの子供らは父と葛藤をもっていたようだったし。他人の命に冷淡な人間は肉親に対しても冷酷であるような感じがする。個人的な資質や行動性向で政策を説明するのはとても狭量な見方なので、ここまでにする。)