odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

大崎梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫) 犯罪性がない日常的な謎の理由を解く。俺は他人に無関心でいられたいので、こういうのはおせっかいで苦痛。

 これまでフィクションで探偵をしてきたのは、職業探偵か素人のディレッタントだった。そこに警察官が加わり、以後さまざまな職業が探偵になる。シリーズ探偵になるには時間に拘束されないことが大事なので、新聞記者やルポライターが多かったが、ここでは出版社の営業が探偵になる。なるほど外回りをしていて、多くの人に会えるというところが理由なのだろう。こういう奇妙な職業の探偵のリストがどこかにありそうだ。
 とはいえ、書店で死体がでたり、切った張ったのトラブルが毎回あるわけがないので(書店も売りづらかろう)、謎は犯罪性がないとても日常的なもの。たいていは見過ごしてしまいそうなできごと(ことに最初の短編など)。2011年刊行。

平台がおまちかね ・・・ 明林書房でも売れていない文庫本がその書店でだけ売れている。初めて営業に行くと、平台に積まれ手書きポップもついている。思わず店長にお礼を言うと、いくつかの質問の後、突然豹変され「帰ってくれ」と言われた。どうして店長は邪見になったのでしょう。

マドンナの憂鬱な棚 ・・・ 営業がマドンナと呼んでいる店員の元気がない。やけっぱちで投げやりな仕事。そこで他社の営業といっしょに、何が起きたかを探る。

贈呈式で会いましょう ・・・ 今年の明林書房の文学賞が決まり、贈呈式が行われる。準備万端だが、なぜか受賞した新進作家が出席をしぶり会場に現れない。謎の老紳士が「君も大胆なことをするものだ(意訳)」を伝言しろという。もしかして因縁か、それとも。営業マンたちが会場周辺を走り回る。
湊かなえ「ベストフレンド@ポイズンドーター・ホーリーマザー」(光文社文庫)と比較せよ。

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絵本の神さま ・・・ 引継ぎを兼ねて1年ぶりに東北の個人書店に顔を出すと、ひと月前に閉店していた。近くの系列店に行くと、一緒にやっていこうと約束もしたのにと残念がられる。幼児が個人書店の看板にのっているキャラの歌を歌い、看板によく似たイラストをもっていた。人情譚。
宮部みゆき「小暮写真館」(講談社文庫)と比較せよ。

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ときめきのポップスター ・・・ ある書店が、文庫本の営業に参加させる企画を立てる。他社の推薦本を平台に並べ、もっとも多くの他社の本を売った会社の文庫を翌月特集する。10社が選んだ本が積まれているが、なぜか日によって並びが変わる。タイトルを使ったメッセージらしい。これは謎解きできないので、江戸川乱歩「算盤が恋を語る話」の平成版を楽しもう。

 

 主人公は大学を卒業して入社したばかりの新人。年上の上司、尊敬できる先輩、ライバルであるが連帯感を持つ他社の営業に囲まれて、書店の店長や店員らとの軋轢にもまれながら、仕事を覚えていく。そういう成長小説の趣がある。イノセントで感受性の強い若者像はたとえば上にあげた宮部作のほかに、
宮下奈都「羊と鋼の森」(文春文庫)2015年
有川浩「空飛ぶ広報室」(幻冬舎文庫) 2012年
有川浩「明日の子供たち」(幻冬舎文庫) 2014年
池井戸潤「アキラとあきら」(徳間文庫) 2017年
に共通する。昭和に就職した自分からすると、他人に合わせるように動き、上司や先輩の指示や忠告に忠実である働き方には違和感がある。なるほど20代前半は自信がなかったが、その代わりにもっとなまいきであったのだがなあ、と思うのだ。というわけで、これらの21世紀日本の就職小説はちょっと自分にはあわない。
 もうひとつこの小説になじめなかったのは、登場する人たちが他人のことをよく覚え、コミュニケートしたいという欲望をもっているところ。自分には人に声をかけるのも、声をかけられるのも嫌いな自閉的な傾向がある。コンビニのレジで「いつも同じメニューで、袋を持参しているので、覚えました」と声をかけられると、店員が好意でいっているのはわかるが、そこに行くのがおっくうになるような人間なのだ。なので、書店員と営業の思いやりや明林書房社員たちの気配りなどはうっとうしくてたまらない。親密なコミュニティで人の関係を観察し、ときに介入するのは、性に合わない。評価する手前でもうけっこうという感じになるのだ。この小説のよい読者でなくてすまない。
 でてくるキャラクターは書籍販売不振で悪戦苦闘するひとたち。なぜ本が売れないか、なぜ日本で反知性主義が蔓延しているのか(教養主義が壊滅しているのか)はさまざまな論評があるので、自分から特に付け加えることはない。重労働で長時間勤務、低賃金という状況で強い意志で出版業にかかわる彼らに幸あれと願わずにはいられない。


 

 でもねえ、新刊・中古の書店で嫌韓反中のヘイト本レイシズムまみれの歴史捏造本が大量に並んでいるのを見ると、書店に行くのをためらってしまうのだよ。

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