odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

有川浩「明日の子供たち」(幻冬舎文庫) 児童養護施設の問題は、予算不足(スタッフの疲弊)、卒園後の支援不足、周囲の無理解。

 児童養護施設児童福祉法によると、「児童養護施設は、保護者のない児童、虐待されている児童など、環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせて退所した者に対する相談その他の自立のための援助を行うことを目的とする施設」だとのこと(wiki)。

ja.wikipedia.org


 とはいえ、法律の条文では実態がきわめてわかりにくい。ほとんどの人は、「児童」「養護」の言葉の連想で勝手なイメージを押し付ける。「かわいそう」「憐憫」などなど。なので、ときに施設の要望と合致しない「善意」を押し付けたりする。年度末にランドセルを送りつけたり、日程を確認しないで施設を外出させるショーに招致したり。あるいは、施設で養護されている子供らを「不良」「犯罪者(予備軍)」などとみなしたり。そういう偏見や思い込みを受けている養護施設の子供が小説家に手紙をだした。私たちを取材して実態を小説で紹介してください、と。それが本書ができた契機(2014年刊行)。

児童養護施設に転職した元営業マンの三田村慎平はやる気は人一倍ある新任職員。愛想はないが涙もろい三年目の和泉和恵や、理論派の熱血ベテラン猪股吉行、“問題のない子供”谷村奏子、大人より大人びている17歳の平田久志に囲まれて繰り広げられるドラマティック長篇。

www.gentosha.co.jp


 視点は主に職員から(小説家の年齢に近いのはそういう職務の人たち)。新人が赴任して、さっそく思い込みや善意をへし折られ、子供らの信用を獲得できているか逡巡し、保守的な管理者と衝突し、先輩を追いかけ、子供らに振り回される。ある事件で施設や子供の危機が訪れるが、関係者の協力で克服し、チームの一体感を得る。そういうエンタメ小説の定番に則っている。安心して読むことができる。
 児童養護施設の問題は、予算不足(スタッフの疲弊)、卒園後の支援不足、周囲の無理解が大きいと本書から見た。このような社会的弱者は児童に限るわけではなく、DV被害者のシェルター、少年院や刑務所の出所者の生活支援、ホームレスの生活支援などともつながるわけであって、児童養護施設の問題解決をするだけでOKとするわけにはいかない。どうすればよいかは大きすぎる問題であって、感想で触れるわけにはいかない。このような社会運動に関心を持つ際には、状況や問題を正確に把握し、当事者のニーズをよく知ることが重要。「かわいそう」という思い込みで軽率な言動をすると反発を受けることがあるし、当事者のコミュニティを壊してしまうかもしれない。慎重であることが必要。そのうえで関与していった際に、自分の理想やヴィジョンが壊されることがあることを前もって自覚することが必要。主人公・三田村は赴任初日でそのような目にあった。彼の陽気さポジティブさ(能天気さ)は挫折に至らなかったが、まじめに取り組もうとするほど、しんどいことになる。「他人の役に立ちたい」という意識で就職したり仕事を選ぶのは時に危険です。とはいえ、これらの問題は、十分なスタッフがいてたくさんの給与をだせるように潤沢な予算がついていればおおむね解決できるはず。仕事や従事者へのリスペクトはまず金で表すことが必要。
 小説は理想化と単純化がなされているので、状況や問題をそのまま受け取るわけにはいかないが、あまりよく知られていない児童養護施設の仕事を紹介しているところがとても重要。職員間の葛藤が図式的(もの知らずの新人、きつめの異性の先輩、老練なベテラン、頭の固い管理者という配役も)だし、給与の低さや勤務時間の長さに愚痴を言わないところに「やりがい搾取」をみて鼻白むのだけどね。 

 

2016/09/01 有川浩「空飛ぶ広報室」(幻冬舎文庫) 2012年