odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

加藤直樹「NOヘイト! 出版の製造者責任を考える」(ころから)

 書店の棚にヘイト本(とくに韓国・北朝鮮・中国への憎悪煽動をタイトルにした本)や「日本スゴイ本」がでるようになる。50代より上の男性が買っていたのが、若年層にも普及していて、いまや(2014年当時)不況の業界では売れ筋商品になっている。とはいえ、その内容はヘイトスピーチやデマをふくむものであり、容認できない。在特会などが路上でヘイトスピーチを叫ぶデモを行ったり、在日外国人の集住地域で嫌がらせ(ほとんど犯罪)を行ったりするようになると、路上のヘイトや暴力に書店や出版社が加担しているのではないか。2010年代の風景は1920年代の風景に重なり、かつて在日の「本邦外出身者@ヘイトスピーチ解消法」に対するジェノサイドが行われたことが再現するのではないか。そのような危機感をもって、出版業界や書店の就業者が独自に研究会を立ちあげ、2014年7月に公開のシンポジウムを行った。その記録(出版は同年9月)。

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 このヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会の動きはリアルタイムでツイッターで知っていた。そのような危機感には共感した。なにしろ、この年は在特会やその界隈によるヘイトデモやヘイト街宣がもっとも多かった年であり、それに対する抗議や監視を行う市民も急激に増えているころだった。どのような運動がヘイトスピーチや翼賛に対抗できるかを模索している時期であり、「○○(職業)はなにができるか」という自問がやたらとでてくるころだった。あいにく後者の自問はたいてい発信してそれきりなことが多く、具体的なアクションが提示されることは少ない。その中で、出版業界や書店から具体におとそうという動きには注目が集まった。
 シンポジウムという形式で行われたので、声明を発するとか、具体的なアクション(街頭宣伝やデモなど)をやろうという結論がでるとか、そういうことにはならない。所属も職業も権限も異なる人々の集まりでは、それぞれのところでできることをしようということになり、それで十分だろう(書店であれば、棚のレイアウトを変えるとか、再発注をしないとか、上司に「顧客のクレームがあった」と報告するとか、地道なことになるが、長期的にはそれが重要)。主催グループの「加担しない」の具体的な対応策であると思う。
 発言などから重要と思えたことをピックアップ。
ヘイト本はブームや一過性ではなく、「新しい歴史教科書をつくる会」に代表されるグループによる数十年に続く政治的な動き。それが国民に浸透していて、簡単にはヘイト本日本スゴイ本の需要を減らすことはできない。
・それに対抗するリベラルのコンテンツは不足。また、監視や抗議の方法や手段も開発されつくしていない。
・書店は公共空間(バスや食堂などと同じように: 自分は公共施設に限定してい考えていたので、改めないといけない)。企業がもっている私空間ではないので、正義や公正の実現に寄与しなければならないし、人権を尊重しなければならない。
 なので、公共空間では私企業の利益を尊重しながらも、人権に配慮した商品の選別や陳列がおこなわれる必要がある(極端な相対主義者はここで書店の利益や選択の自由を持ち出してくるけど、誤り)。
 さらには、公共空間であるので、そこを利用する人は「客」であるだけではなく、正義や公正の実現に参加する「市民」の活動も期待される(この本の出版のあと、ツイッターなどで問題になったヘイト本の著者サイン会が中止になったりしたことがある)。
 こういう面倒くさいことを地道にやっていくことが、結果として正義や公正の実現につながっていくのだね。この本が出版されたときには、変化が起きるとは自分は思っていなかった。