小説には、珍しい職業をテーマにしたものがあって、たとえば井伏鱒二の「駅前旅館」。あるいは都筑道夫のホテル・ディックシリーズ。ノンフィクションだと、特殊清掃とか、南極越冬隊の食事担当など。まあ、読者の周囲にある「世間」では想像つかないような仕事があり、その仕事の詳細が読書の楽しみになるというわけだ。工場見学、施設見学などが人気を博すというのも、その一例。見知らぬ仕事、しかしそこに矜持をもって携わっている人がいる、彼らは名が知られることはまずない、そのようなものに興味をひかれる。ここではそのような仕事として、自衛隊の広報を描く。
ブルーインパルス(空自パイロットのエリートのみ所属)になる夢をふいの事故で断たれた青年。地上勤務となり、広報担当になる。基地から市ヶ谷勤務になり、とまどうことばかり。相手にするのは自衛隊に反感を持っている女性TVディレクター。先方の無理難題にこたえたり、こちらから企画書を提出したりとおおいそがし。そのうえ、2011年3月には松島基地が津波被害をうけて数か月機能停止になり、しかしながら被災の最前線場所として、救援支援に立ち向かわねばならない…。
市ヶ谷の広報チームは、そうだなアニメ版「機動警察パトレイバー」の特車二課と思いなせえ。口が悪く、部下の扱いはぞんざいに見える隊長をトップに、どこか欠陥をもっている隊員たちが男所帯の暑苦しさを持ちながら、体育会系のノリで仕事をし、新人をいじりながらチームに加えていく。敵役は意固地で無知な若い女性。彼女の偏見を溶かし、チームへの共感をもたせ、応援隊に仕上げていく。まあそんな感じの物語。ここらは、TVドラマの「踊る大捜査線」あたりを想起すればよい。
どうにも読み進めるのは困難だったのは、キャラクターの造形は薄っぺらで、まるで感情移入できなかったこと。主人公と敵役はそれぞれ自分のもっていたこだわりや意固地を克服し、「真」の自己を発見し、組織のために全身全霊を注ぐことになる。俺の年齢になると、こういう自己実現や自己啓発の物語はうっとうしい。
前にあげた「駅前旅館」ほかの読み物がおもしろいのは、その職業や仕事についての批判や問い返しがあること。なぜその職業なのか、なぜその職を続けることに意味があるのか、なぜその職が社会に意味を持つのか、社会から評価を得るためにはどうするのか、そもそもその職は存在するべきであるのか、あるとすると職の評価があげるためになにができるのか、そういう疑問や逡巡をしながら、プロになるまでの過程がドラマになるのだとおもう。あいにくここでは、広報という仕事に習熟するまでのプロセスが書いてあるけど、職業や組織への問いかけは見当たらなかった。半分読んだところで、完読をあきらめました。これは自分にはあわない。
自衛隊の話なら、新谷かおる「ファントム無頼」のほうがおもしろかったな。40年前のものだけど。
以下余談。自衛隊広報が自分の視界に入ってきたのは、1990年ころにWOWOWが東宝特撮映画の特集を放送したとき。自衛隊の広報がゲストで登場し、怪獣が出現したときに自衛隊はどのように対処するかなどを話していた(そのころ「ウルトラマン研究序説」とか別冊宝島などでその手の「研究」本がたくさんでた)。あとは平成ガメラの制作の際に、空自の協力が得られなかった(自衛隊機が怪獣に襲われて墜落するシーンはNGだかららしいとか。金子修介「ガメラ監督日記」)などが耳にはいる。21世紀になると、ケーブルテレビのヒストリーチャンネルで、自衛隊のさまざまな部署の仕事や装備を紹介するビデオがシリーズで流されたりする。ミリオタ趣味にあうのだが、昨今の状況で望まない戦闘地域に行くかもしれない隊員のことを思うと、落ち着いて見られない。