odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-2

2016/04/29 武田泰淳「快楽 上」(新潮文庫)-1 1972年 の続き。


 前のエントリーで見たように、複数のストーリーが同時に進行するのである。この小説の書き方で面白かったのは、それぞれのストーリーにおいて考え方や行動が対になるような人物が配置されているところ。柳の「無反省、無意識な状態」は作中人物のすべてが知っていることであり、だれもが教育者であろうとする。なので、彼らは雄弁に語る。柳は茶化しもするが、それをきくばかり。
(1)彼を支配しようとするもの: 仏教研究に没頭したいが大寺の住職でもある父。人嫌いで畑仕事に飲む趣味を持つ。子供にも関心がない。一方、母は社交的でやり手。寺の資産を増やすことに関心をもっている。彼女も子供にはほぼ無関心。彼らは小言を言うくらいであっても、柳の行動(警察に拘留)に対して激怒するわけでもなく、突き放すわけでもない。そこが柳の上記の性質を決定しているのかも。小言を言ったり叱ったりするものは、警察の看守や特高の刑事らの権力者であったり、寺の使用人たち(とくに庭仕事担当の老人)。彼らのような「大人」が柳という青年に権威の在り方を示す。
(2)経済や経営: 柳の関心は仏教の平等にある。仏教で脱俗したものは檀家や民衆の喜捨によって暮らすのであるが、柳の実家は江戸時代からの土地を所有するので、地代や家賃の収入で暮らしていける。その矛盾。一方で、柳に近づく宝屋という薬屋兼質屋。1910年代の経済発展で伸長した会社であり、昭和不況でも大きな影響を受けていない。むしろ軍との関係を強めることによってさらに拡大発展を目指している。その社長はやりてであり、将来の収益がみこまれるのであれば、妻の不倫を見過ごしたりもする。彼の経営「哲学」も語られる。
(3)貧乏人や労働者: 産業資本の拡大で工場労働者が増えたが、経営者は低賃金を強制し、労働生活環境の改善には関心がない。そのために、労働者は過重労働を強いられ、貧困にあえぐ。その象徴になるのが、スラムであり、そこに住み肺を患って若くして死亡する女工であり、その小学生の妹。あるいは日本人労働者よりも悪条件で働く朝鮮人。留置場にいるさまざまな刑事犯もこの仲間にはいるだろう。一方、貧乏寺の息子であり、寺のヒエラルキーではうだつをあげられないと悟り、フィクサーや運動でのし上がろうとする穴山がいる。
(4)労働運動、社会主義運動: 柳は仏教の平等の思想や実践に不満をもち、そこから社会主義運動に関心を持つ(といっても今でいうウォッチャー程度の関与に過ぎないが)。「日本革命党」はすでになんどもの摘発で幹部はほぼ逮捕。再建委員会ができてもすぐに弾圧されるので、地下に潜り、極秘に同志を増やし、資金を集めなければならない。そこにおいてレーニン主義を忠実に実践しようとする西口がいる。その地道な運動に飽き足らず、瞬間の蜂起に期待する越後という田舎からきたニヒリストがいる。さらに高等学校を退学して肉体労働者になり、革命運動にまい進する三鎌(みかま)がいる。越後と三鎌はいずれ結託して、「日本革命党」の改革に乗り出すであろう。ボルシェヴィズムとアナキズムの闘争が予感される。
(5)宗教の国家補完運動: 浄土宗は江戸時代からの公認宗教であったとはいえ、明治の廃仏毀釈でダメージを負っている。しかし、軍隊は兵士の死を扱う部門として宗教に利用しようとする。そこにおいて、柳の父のような旧主派あるいは穏健派(というか状況に流されるだけで何もしない)に対抗して、挙国一致体制に乗り込んでいき勢力(政治的発言力と資金力)を伸ばそうとする運動を穴山が起こそうとする。
(6)愛と性: 19歳の青年の肉体として性欲があり、仏教としては禁欲を徹底しないといけない。その矛盾に柳は在るのだが、自覚していても、状況にながされるだけだ。彼に接近する二人の女性がいる。宝屋の夫人とその妹・久美子。夫人は肉欲の体現者。柳を誘惑し、混浴し、同衾する。そのうえ穴山とも性交する。一方の久美子は精神的な愛の奉仕者。仏教経典を読んだうえに、平等の実現のために社会主義運動のハウスキーパーに志願する(地下運動に入った男性の革命家が路上になかなか出られないので、寝食の世話と連絡代行をする女性をパートナーにした。それをハウスキーパーと呼んだが、セクハラを起こしたり、同棲のすえ運動から脱落するなど種々の問題を起こしたらしい)。
 このようなさまざまな問題で対立する立場や考えが、それぞれ一人(時に複数)の人物に体現され、彼らの議論や批判や行動によって違いが鮮明にされる。
 これが小説の小状況や中状況にあたる。なんとももりだくさん。これらは等価に並べられるから、どれかひとつにフォーカスするような読み方だと、作家に置いて行かれる。



2016/04/27 武田泰淳「快楽 下」(新潮文庫)-1 1972年
2016/04/26 武田泰淳「快楽 下」(新潮文庫)-2 1972年 に続く。