odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

武田泰淳「十三妹」(中公文庫)

 武田泰淳が、中国武侠小説パスティーシュを書いていたというのは、これも新鮮な驚き。いや、そんなことは珍しいことではないのかもしれない。福永武彦が王朝を舞台にした陰陽師の話を書いているし(「風のかたみ」新潮文庫)、坂口安吾大岡昇平がミステリーを書き、堀田善衛らは映画「モスラ」の原作を書いているのだから、読者の読み心をわくわくさせるような物語を書きたがるというのも当然といえること。彼ら以後の作家の在り方のほうが珍奇なのかもしれない。それにしても「風媒花」や「快楽」や「富士」の書き手がやるとはねえ。

 かの国の古典というか民衆文学の翻案であって、源義経宮本武蔵が対面するくらいの奇妙な時代錯誤があるというのだが、そんなことはおいておこう(かの国の人にはすみません)。ともあれ、大清帝国のさなか、安公子という若者が北京にいた。官吏としてはまあまあ高級なところの父母の元で科挙試験に備える受験生。もちろん世間知らずで理屈ばかり先走る、言ってしまえば学のあるガキである。詳細不明であるが、旅の途中でであった十三妹(シーサンメイ)という美女を第二夫人にした。この美女、実は運送業界(ママ:!?)の大立者にして、忍びの術をよくする忍者(ママ:!?)なのであった。安の父母は清の大臣の命令で河川工事を担当したものの事故と陰謀に巻き込まれて失脚した。それを救うために出立したのだが、やることなすことまずいほうにまずいほうにいく。見るからに詐欺師と分かるイカサマ男に金をむしられるわ、文無しになってあこぎな周旋屋で働かされ政治的陰謀に巻き込まれるわ。まあのちに包公のいうように迷惑をかけずに旅をできないのである。彼は類まれな美貌をもっているのがよかったのか悪かったのか、十三妹と覇を競うもうひとつの運送業者の大立者にして忍者の親分・白玉堂に気に入られ、義兄弟の契りをするまでになるのであった。彼らの献身により、安公子は科挙に合格するどころか、破格の順位まで得るのである。まあありていにいえば試験の成績がよいノビ太が、ドラえもんならぬ十三妹の秘密の援助で成功していくというおとぎ話。もちろん、ノビ太である安公子ものちに実に厳しい選択を迫られ、ドラえもんならぬ十三妹の助けは借りられなくなるのではあるが。
 こういう貞女の話に、白玉堂という西部劇に出てきそうなアウトローの冒険譚がさしはさまれる。十三妹と白玉堂、この二人、真のライバル同士とはいえ、物語において対面するのはわずかに二回。その邂逅は重大でありながら、くだらぬ邪魔で途切れるのであって、次回はどうなるかと期待は高まる。不思議なことにほとんどの人物の胸中すなわち近代の心理はかたられるのであるが、十三妹のみ胸中告白も心理描写もない。それがこの世にあるとは思えない美女の存在感をいや増しにするのである。
 さて、作者の武田泰淳。手元に参考書はあるとはいえ、横をそのまま縦に移すだけのことはしない。ほとんどの文章は講談の模写であって、珍しくリズミカルで軽妙である。かの国ではたくさんの方言があるのを、この国の方言で代用したために、主人公たちは東京(のラジオアナウンサー)の言葉で喋る中に、ずーずー弁やら関西弁やら広島弁に、どこのものとも知れぬ小説の中にだけ現れる田舎言葉まででて、音の楽しさといったらない。あちらの古い時代の説明をするのに、現代(1964年)の風物、オリンピックに太陽族にぐれん隊まで、を惜しげなく登場させるというサービス振り。ときには文体模写もするのであって、「忍者おろか」に「あっは」「ぷふい」を喋らすとあっては、「死霊」ファンとして吹き出さざるをえない。そこに社会批判やら文化人批判やら文明批判、受験批判、恋愛論夫婦円満の秘訣などなどの話題を組み入れるのであって、哄笑のさなかにすこし背筋をぞっとさせ、己が身を振り返えさすという芸当までみせるのである。見事。
 物語はとりあえず安公子の科挙試験合格で終わるのであるが、もちろん読者としては、十三妹と白玉堂が難攻不落といわれる湖中の城をいかに攻めるか、包公とじょう王の覇権争いはいかなる仕儀となるのか、頼りない安公子を十三妹がいかに献身的に助けるのか、白玉堂他の忍者がいかなる技をみせるのか、利発な金少年がいかなる活躍をみせるのか、早く知りたいのである。しかし時代が早すぎたか、物語の続きを要求する読者は少なく、伏線が回収されることはなかった。


 連載当時に岡本喜八組で映画化されたら配役はどうなっていただろうか、と妄想した。十三妹は団玲子で、白玉堂は加山雄三か。付き従う金少年は江原達怡で、包公は天本英世佐藤允は、中丸忠雄は、砂塚秀夫は、中谷一郎はどうしよう。迷うな・・・。いやそんなことはどうでもいい。馬老人=忍者おろかは伊藤雄之助でなければならない、ただそれだけをいいたい。
(ぼくがかんがえたさいきょうのにんじゃおろか ↓ )

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