odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

鶴見俊輔「語りつぐ戦後史 I」(思想の科学社) 1967年、リベラル派が戦争体験を語る。第1巻は戦前に就職していた戦前派。

 雑誌「思想の科学」が創刊されて20年くらいたつ1967年に、多田道太郎の企画で雑誌に関係の深い人との対談をすることになった。聞き手は鶴見俊輔で、3年ほどで30人以上の対談が集まった。この第1巻では、「思想の科学」創刊に関わったひとたちを集めた。あと民科(民主科学者協会)の設立と運営にも深く関わった人たち(しかし後に離れた人たち)が多くいる。

久野収 ・・・ この人も戦前に警察の拘留経験を持つ。私権が失われると、公権とか団体権が失われる。だから私権の行使・防衛は重要。この国の戦後では自主管理組織がうまくいったことがない。党派にふりまわされてしまう。それは組織論を含めた哲学の不足。あとこの国には良心の全体主義があった。
2015/12/23 久野収/鶴見俊輔/藤田省三「戦後日本の思想」(講談社文庫)-1
2015/12/24 久野収/鶴見俊輔/藤田省三「戦後日本の思想」(講談社文庫)-2
2017/12/21 林達夫/久野収「思想のドラマツルギー」(平凡社) 1974年

宮城音弥 ・・・ 戦前にフランス留学を経験して、レーニン主義ではない共産主義があることを知る。戦後は民科の設立にかかわったが、その後は一貫して社会主義共産主義の批判者の立場をとっている。それはこの国の権威主義がなくなっていないし、「民主的」といわれる組織に色濃く残っているから。

家永三郎 ・・・ 戦争中は新潟高校の歴史教師。歴史学の中で思想史をやりたいから古代の文芸史をやっていたが、戦中の実存主義かぶれで近代史に目を向けるようになった。戦後、教職員組合の裁判闘争で証人をするうちに、国家を被告とする運動をするのもいいのではないかと考えた。
2012/09/17 家永三郎「太平洋戦争」(岩波現代文庫)

南博 ・・・ 戦争中はアメリカ・コーネル大学で条件反射の研究。ときにFBIの監察にあったという。1947年帰国。日本の天皇制は根深い。たとえば、年功序列制などは最たるもの。それが「進歩派」のほうにもあるので、運動がうまくいったためしがない。戦後の体験では、占領と安保が重要。

丸山真男 ・・・ いろんなことをしゃべってよくわからんわ。広島で被爆したけど、第5福竜丸事件までしっかり考えたことがなかった。日本対外国という図式はやめよう。あるのは日本対アメリカとか、対ソ連とか、そういう個別の国。逆に言うと日本対外国だと日本の特殊性を強調することになる。日本にはコスモポリタニズムもインターナショナリズムもなくて、マイホーム主義くらい(上記の権威主義もその一例になるのか)。「思想の科学」のこのところの風潮も「型」の嫌悪、忌避があるけど、学問にも道徳にも「型」を守ることは重要なのだよ。なにしろこの国では「型」を無視したエネルギー主義か、外の規範を適当に手直しする修正主義しかなかった。民主主義の型を徹底的に学んだことがないので、近代国家とか社会とかを自主的につくったことがない。

磯野誠一 ・・・ 家族法をやっている人だが、戦争中はモンゴルで民族学調査。その途中でソ連の参戦、日本の降伏が起こり、結局2年間モンゴルで暮らしてきた。帰国後は、戦中なにもしなかった負い目があって、組合運動などに参加した。

中村元 ・・・ もっぱら専門的な学問をやっているのだが、日本語論文より英語論文のほうが多いし、外国での出版企画のほうがたくさん舞い込む。こういう「国際」的な仏教学者というのはいなかったのではないかしら。あと明治以降、日蓮宗新興宗教の母体になったのは、日蓮およびその古い宗派が運動を熱心に行うものであったから(あと教義にも理由がありそうだが、ここでは触れられていない)。

梅棹忠夫 ・・・ どうもこの人とは「文明の生態史観」以来そりがあわないのでサマリは書かない。敗戦時には中国。解放軍のアメリカも、被解放軍の中国もどっちもどっちのだらしなさ、というかひどさがあったよ、とのこと。

大熊信行 ・・・ 戦争中に経済政策に関与したことで占領中に追放された。敗戦によって個人の解放感を得たが、民族の自由はない(たとえば自衛隊アメリカ主導で作られているとか。対米従属関係を解消しないで自衛隊があっても不憫だ)。あと経済学(古典とマルクス)は「家族」を考えていない。消費の現場としてしか現れない。労働再生産の場として家族は重要。

渡辺慧 ・・・ 戦後にアメリカで仕事をしてきた。頭脳流出というけど、この国は優秀な人材が輩出されるから心配ない。むしろ外国に行った人が帰国しても働く場所がないのが問題。西洋文明と日本の思想の出会う場所はインドの思想ではないか。

北山茂夫 ・・・ 戦後、紀州で中学教師をしていたときに、学生の自由な活動に触発されたり、教員組合の活動の手伝いをした。その経験からすると下積みの人ほど改革・改善の運動を熱心にやる。党の管理者やエリートはこういう地道な活動をしないで、自分のことばかり考えている。この国の民主化においても、下積みの人に期待する。それができない組織はだめ。

望月衛 ・・・ この人は心理学者でベストセラー作家でもあるが、大学に入る前は、軍隊と東宝という映画界にいた。東宝争議ではずいぶんがんばった。東宝争議は廣澤栄「日本映画の時代」(岩波現代文庫)参照のこと。

 末尾に鶴見俊輔の解説があって、自分のこのメモより的確かつ簡潔にまとめている。この対談のとき、鶴見は今の自分の年齢よりも若かったはずだが・・・ 自分の非力はしかたがない。まあ自分には思想のことより彼らが戦中前後にどこにいたかのほうが気になったので。南博のような経験はあまりいないのではないかしら。鶴見ですら最後の引揚船で帰国したというのに。あるいは渡辺のように戦後この国を飛び出したひともいるわけで、取り上げた人の経験のふり幅は大きい。そこがこの雑誌のおもしろさだったのだろう。岩波とか文芸春秋だとそうはならない(とおもう)。
 鶴見俊輔花田清輝の言として引用しているが、この国で世代論がさかんなのは、世代を超えた共同活動とか運動を経験していないこと。親子兄弟で喧々諤々の議論をするようなことがないので、集団の差異を理解するのが、思想ではなくて世代(生まれた年代とか、幼少から成人期までの経験の共通性でくくる。奇妙なくくり方だな)になるというわけ。

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2012/07/02 鶴見俊輔「語りつぐ戦後史 II」(思想の科学社)
2012/07/03 鶴見俊輔「語りつぐ戦後史 III」(思想の科学社)