odd_hatchの読書ノート

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中村禎里「日本のルィセンコ論争」(みすず書房) 追記 2012/6/7

 ソ連の「科学者」ルイセンコは1930年代にスターリンの知己を得て、国家的な遺伝学ならびに育種学の中心となり、彼の学説に基づく品種改良や農業生産がおこなわれた。彼の主張する遺伝学は、(1)獲得形質の遺伝、(2)細胞全体が遺伝体である、(3)進化の動因は自然選択や適者生存ではない、(4)生物の進化の方向は生物自身に内在している、(5)モルガン・メンデル遺伝学は西洋資本主義のイデオロギーを補完する、など。いくつかの研究はあったが実験やデータに粗雑さがある一方、マルクス主義的な理論構成を合致していた。人民が革命の意志を持つことにより、自身を「革命家」と位置づけ、党とともに反対勢力と闘争するというボリシェヴィキの思想と一致する部分があったわけだ。ソ連の政策が対ファシズムから対資本主義に変換するときに、科学も動員する必要があり、共産主義イデオロギーに合致する理論ということで政治的に使われたというわけだ。スターリンの死、ソ連の農業生産の低下、分子遺伝学の劇的な成果などにより1960年代に命脈を絶たれた。
 もちろんルイセンコ学説は、インチキであり、ニセであり、トンデモである。まだDNAも発見されていないし、セントラル・ドグマも提唱もない時代であっても、正統派遺伝学者はしっかりと批判していた。にもかかわらず、ソ連共産党の公式遺伝学となったこと(その陰でソ連の正統派遺伝学者の迫害が行われた)、1950年には日本共産党がルイセンコ学説に支持を表明したことなど、政治的・イデオロギー的な使われ方をしたことが重要。科学のインサイダーではないものがその権威を支持し、それがさらに大衆に影響を与えたという事例になる。

 この本では、この国の科学のインサイダーのやりとりが描写される。この国でもルイセンコ学説をめぐる論争が数年間にわたって行われた。アメリカ、イギリスなどの科学者は上記のソ連の状況を知ると、一斉にソ連批判、迫害された科学者の職場復帰支援を行ったことと対照をなしている。そのようになった理由は、(1)この時代の若い科学者がマルクス主義の理論的な影響を1930年代に受けていたこと、(2)マルクス主義者の理論派好み、(3)生物機械論や要素還元主義に対する反感と全体主義への憧憬、(4)正統派遺伝学による育種が成果を上げていないこと、などを著者はあげる。
 関係者は大きく3つにわかれる。ひとつは、ルイセンコ学説の支持者。八杉龍一、徳田御稔、飯島衛、井尻正二など。彼らは民主科学者研究会に所属、ときには党員でもあった。彼らのなかに遺伝学者は少ない。あと、党員科学者が後押ししている。武谷三男、星野芳郎など。もうひとつは、反ルイセンコ学説。駒井卓、木原均などの正統派遺伝学者たち。さらには、中立派ないし無関心派。議論はおおむねマルスク主義理論をどのように反映しているかとか、進化論の評価とか、そんなところをさまよっていて、さらに党派性をむき出しにもしていたようだ。
 重要なアクションとして、ミチャーリン運動がある。これは春化処理をするなどして収量を上げようという農民運動。もとは農民活動家から始まったものに、学生や民科の研究者が参加した。最盛期は1951-54年で、共産党山村工作隊運動の時期と一致。
 ルイセンコ論争が終焉したのは、(1)農村の生産性が劇的に増加。おもに農具の改良・機械化、新しい農法の普及、農薬、肥料など。これによってミチャーリン運動が壊滅し、支持者を失った、(2)1950年代の分子生物学の成果が著しくメンデル・モルガン主義が正しいとみなされ、若手研究者・学生の関心がそちらに移った、(3)ソ連のルイセンコ失脚、などのため。
 意外な登場人物は千島喜久男。彼は戦前からの獲得形質遺伝論者であったが、ルイセンコも同様の主張をしたので、いくつかの論文で自分の奇妙な考えを発表している。あとは、一度柴谷篤弘がでているところ。
 さて、ニセ科学の蔓延と普及をどのように考えるべきか。一時的な科学者の気の迷いとか「理論好み」だけで済ませておくわけにはいかない。ルイセンコ論争はバックにマルクス主義スターリンに率いられる共産党の権威をもっていて、その権威によって無碍に反対できないものになってしまった。それらの権威に好意を持つものは党派的に批判者・反対者を抑圧したのであった。今では「党」の権威はないからOKではなくて、別の権威とかエピステーメーみたいなことでニセ科学が蔓延するようになっている。まあ端的には、ホメオパシーとか血液型性格判断とか「水からの伝言」とかだ。これに対処するには・・・話がでかすぎるのでやめておくけど、ニセ科学ニセ科学とみなせるようになるために、知識と経験と仲間を増すことかなあ。そのうえで、まず無関心はよくない、それからニセ科学にも一理アリという物分りのよさや相対主義もよくないな、あたり。この国のルイセンコ論争に被害者がいるとすると、反対の論陣を張った科学者ではなく、身銭を切ってミチャーリン農法を実践した農民たちということになる。こんなふうに、ニセ科学はかならず資産を減らしたもの、生命を縮めたものを生んでいるのだよな、彼ら弱者への想像力と共感がいるよなあ。とりあえずこのあたりでおしまい。 

   

<追記 2012/6/7>
関連エントリーを紹介。

進化論のうち、今西進化論については、
今西錦司/柴谷篤弘「進化論も進化する」(リブロポート) - odd_hatchの読書ノート
今西錦司「進化とはなにか」(講談社学術文庫) - odd_hatchの読書ノート

ニセ学問の判定やニセ科学を求める病理については、
ショウペンハウエル「読書について」(岩波文庫) - odd_hatchの読書ノート
マックス・ウェーバー「職業としての学問」(岩波文庫) - odd_hatchの読書ノート
マックス・ウェーバー「職業としての政治」(岩波文庫) - odd_hatchの読書ノート

マルクス主義の20世紀影響力については
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/searchdiary?word=%2A%5B%B6%A6%BB%BA%BC%F1%CC%A3%5D
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/searchdiary?word=%2A%5B%B3%DE%B0%E6%B7%E9%5D
のカテゴリーに挙げたものが参考になります。

ニセ科学
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/searchdiary?word=%2A%5B%A5%C8%A5%F3%A5%C7%A5%E2%5D
でも取り上げています。