odd_hatchの読書ノート

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マービン マイヤー「ユダの福音書 DVDブック ビジュアル保存版 」(日経ナショナルジオグラフィック社)

世界中に衝撃を与えた「ユダの福音書」。その発見から修復、解読にいたる全プロセスのエッセンスを映像にしたDVDと解説書を組み合わせたDVDブック。DVDは、「ユダの福音書」解読までのドキュメントはもちろんのこと、プロジェクト関係者、ならびに識者のコメントも収録。原文に記された内容を再現したドラマも盛り込み、イエスとユダの関係をわかりやすく描き出しました。ブックレットは、『ユダの福音書』の日本語訳と、初期キリスト教研究の権威による解説などを収録。『ユダの福音書』の全貌をすばやく理解するための決定版です
http://nationalgeographic.jp/nng/shop/j/juda.shtml

 ユダの福音書は名前は知られていたが、行方不明になっていた。それが1978年に発見され、2000年に買い戻され本文が発表された。その間にイスラムの古物商といくつかの大学の間で取引が行われたが、商慣習の違いやらなんやらで取引はうまくいかなかった。その結果、古写本はニューヨークの銀行の貸金庫に放置され(もちろん空調設備なし)、砂漠の1800年の劣化よりもひどい損傷をたった20年で被ったのだった。買い取った後、復元作業が行われ、約80%が読めるまでになった。この間の研究者の執念や捜索は一編のスパイスリラーのようであり、そこだけでも面白い。
 中身であるけど、「イエスを裏切ったイスカリオテのユダが実はイエス・キリストの弟子の中の誰よりも真理を授かっており、「裏切り」自体もイエス・キリスト自身が主導したものである」という内容。共観福音書のようにイエスの生誕から死と復活までを扱ってはいない。いわゆる最後の晩餐前後のイエスとユダのやり取りが記載されている。(wikiより)
ユダの福音書 - Wikipedia
 正統派の教義ではユダは裏切り者、密通者、スパイなどと堕落した人間の典型として描かれたのだが、これによるとむしろイエスの教えを継いだ重要人物であることになる。ユダにはそういう多面性があって、太宰治「駆け込み訴え」やミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」のようにさまざまな読み変えが行われてきた。
 さて、イエスは自分の考えを文書に残さなかった。12弟子といわれる直系の弟子たちもおそらく文書を残していない。イエスの死後20年目くらいから、イエスの語録を編纂するようになる。そこに比喩物語や行跡が加えられ、次には奇跡物語、磔刑と復活、誕生から幼児時代が追加されて西暦100年までには4つの福音書がほぼ確定する。書かれた場所も違うし、言語も異なるし、作者の所属している階層も異なる。それが福音書の性格を微妙に変えている。70年にエルサレム神殿がローマ兵によって破壊され、初期キリスト教徒は四散して伝道活動を開始。西に行ったものもあれば(イスラム社会でマニ教になったり、インドで宗派をつくったり)、南に行ったものもあれば(現在でもエチオピアに教団がある)、東に行ったものものあれば(エジプト周辺)、北に行ったものもあれば(コンスタンチノーブルを根拠地にした)、ギリシャからローマへ地中海を渡ったものもいた。最後のものが現在のカソリック教会につながる。このユダの福音書グノーシス派文献と見られていて、2世紀ころに成立したとされる。つまりはそういうことだ。イエスの言行を直接伝えるものではない。なにしろイエスの死から200年を過ぎてまとめられたもので、イエスの活躍場所からは遠く離れた土地で書かれている(グノーシス派の中心はエジプトのアレキサンドリア周辺)。キリスト教の影響を受けた独自の宗派がすでに成立している福音書の人物と形式をかりて、自派の教義を述べたもの。まあ今日の言葉でいえば二次創作だな。似たような事情で成立した福音書はたくさんあって、「新約聖書外伝」(講談社学芸文庫)でいくつか日本語に紹介されている。
 なので、グノーシス派に興味のある人には重要な初期文献が加わったことになる(「トマスによる福音書」などといっしょに)。一方、これをもってキリスト教オーソドキシーの解釈の変更を迫るとか、歴史を覆したという主張をするのは勇み足に過ぎると考える。