odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エドガー・A・ポー「ポー全集 4」(創元推理文庫)-1「黄金虫」「黒猫」ほか

 全集4の短編。ポオ30代の作品。

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黄金虫 1843.06 ・・・ 南カロライナ州のサリヴァン島に隠遁しているウィリアム・ルグランド青年。毎日無聊を囲っているのを見かねて「ぼく」は様子を見に行った。あたらしい黄金虫を見つけたよとスケッチを受け取ると、そこには髑髏の柄が書いてある。いよいよ気がふれたかと危ぶみ、一か月後に再訪すると、ルグランドは黒人の従僕に鶴嘴他をもって、山に行こうと言い出した。いぶかる「ぼく」をルグランドは腕を取って強引にさそう。このあとはみんな知っているよね。通常は宝物発見がクライマックスになるところを順番を逆にして、謎解きを後に置いている。ポオは論理的な思考を記録する方が、読者に受けると考えたのだ(自分の妄想では、宝物のありかを記した地図を発見、場所を特定する謎解き、宝物発見という物語は「黄金虫」以前にたくさん書かれていたと思う。あまりに同じ話なので現在読まれなくなったのではないか)。それまでの小説の概念を逆転するアイデアで、「探偵小説」はこれが規範になる。
 ここでも探偵の独白が行われる。彼は宝物を発見したのだから、彼の発言と論理は正しいというつながりを読者は暗黙のうちに了解しているわけだ。その了解があるから「謎解き」はクライマックスたりえる。後付けで考えれば、キッドが宝を生めて数十年。樹木も成長しているから、暗号の最後のところは成り立たないはず。そこは目をつぶりましょう。ポオもちょっとぬかったか。
 地中から宝がみつかるというのは、古代の神話からすでにある。冨への欲望を喚起するのだ。そこに、16世紀の南アメリカ大陸の金銀発見(現地の人からすると強奪)や17-8世紀の海賊・探検隊の記憶が重なって、この小説を再読したくなるのだろう。謎解きと宝物発見は、読者の知能と欲望を満足させる意匠なのだ。
1980年(テレビドラマ)

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黒猫 1843.8.19 ・・・ 大酒で身を持ち崩した男、不意の衝動で黒猫を殺めてしまう。妻へのDVもひどくなり、火事で資産を失っても、飲酒癖はおさまらない。殺した猫とおなじような風貌の猫がまとわりつき、かっとなったところで、誤って妻を殺してしまった。憎悪と恐怖、後悔と激怒、良心の喪失、このあたりのDV野郎の心理描写はみごと。完全犯罪の達成と思えた瞬間に、男は警官の前で妻を埋め込んだ壁を叩くのだが、この行為は「告げ口心臓」と同じ心理から。ポオは犯罪者の心理を描く短編がある(「ウィリアム・ウィルソン」「告げ口心臓」)。犯罪行為という異常さがかえって人間の平常の心理をあぶりだすからか。犯罪者の心理に通暁することは彼らの犯罪を暴く探偵になりきることでもあって、デュパンものとこれらの短編は表裏一体。
2007年(Stuart Gordon監督イタリア映画)

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長方形の箱 1844.09 ・・・ 南カロライナ州チャールストン(「黄金虫」の舞台)からニューヨークに行く船に最近結婚した青年画家ワイアットが乗っている。なぜか妻は下品でおしゃべりで、ワイアットの人となりにあわない。そのうえ6フィート×2フィート半の巨大な長方形の箱を自分の部屋に入れている。嵐にあって難破しそうになった(ポオはこのシーンが大好き)あと、ボートで脱出しようとしたが、画家は箱を取り戻すといって聞かない。ようやく甲板に持ち出した時、船もろとも沈んでしまった。語り手の「わたし」は箱の中身についていろいろ推理する。犯罪はないのに探偵だけする男の物語。でもここでは観察と論理は勝利しなかった。ポオの探偵小説集を編集するなら、いれたい一編。

 

不条理の天使 1850(1844.10) ・・・ 「不条理なことは信じないぞ」と叫んだら、不条理の天使がやってきた。それ以来、どうにもついていない。自殺するつもりでいたら、気球の綱にしがみついていて、不条理の天使がにやけている。「俺を信じるか」と天使が尋ねる。天使は不条理をコントロールできるが、偶然を予期できないので失策することもある、とでもいうのかな。ラストシーンは二通り(語り手のいう通り、語り手の錯乱)に読める。

「お前が犯人だ」 1844.11 ・・・ ラトルバラーという田舎町で、名士シャトルワーズィ氏が失踪し、傷ついた馬だけが戻ってくる。彼の隣人で友人のグッドフェロー氏が捜査役を買って出て、彼の指示通りに探すと、服の切れ端やその他の遺留品が見つかり、さまざまな証拠から犯人が特定された。グッドフェロー氏は町の名士になり、シャトルワーズィ氏が生前頼んでいた稀少ワインが届き、パーティを開くことになった。
 これにはいろいろな趣向が詰まっている。冒頭、「ラトルバラーのオイディプスになった」とすでに解決を示していること。世界初の倒叙推理小説といえるか(牽強付会にすぎるな)。匿名の語り手による記述であるが、これが絵にかいたような「信頼できない語り手」。なので最初の記述トリックの使い手である。馬の中から犯人の証拠である銃弾を取り出すのは、のちにカーが「赤後家の殺人」に流用。そのうえ乱歩の称賛した「意外な犯人」(この意外な犯人が成立するのは、西部の開拓にアメリカの国家の制度と法がおいつかず、国家から警察が派遣されないから。住民が金を出し合って保安官を雇い、彼に治安を預けるという制度があり、犯人はそれを使えた。「西部劇」映画や小説にありそうな事件なのだ)。いやあ、150年先まで予見したような作品だ。
(作中にディケンズの名が筋とは関係なくでてくる。ディケンズ「バーナビー・ラッジ」1841年の最初の数章を読んで、ポオは犯罪の謎を解くエッセイを書いた。後に読んだディケンズはポオの才能に驚愕。と会ったことのないふたりは敬意とライバル心の交錯する関係をもっていたのであった。全集4に収録されている江戸川乱歩の「探偵作家としてのエドガー・ポオ」に詳しい。)


 この文庫版全集4冊(あと「詩と詩論」を加えた5冊)は入手当時(発刊は1970年代前半、入手は1980年前後)、とてもありがたかった。当時の文庫で「全集」と銘打ったものはなくて、全集が読める作家はいなかった。背表紙に「全集」と書かれた本が並ぶとそれだけで小さな本棚は立派にみえた。
 ただ、翻訳の古さはなんともいかんしがたい。「メルツェルの将棋指し」の戦前訳(訳者は小林秀雄)があったり、ばらばらの翻訳者の文体は全体の統一感を損ねる。問題と思うのは丸谷才一のもの。ポオの登場人物は自信満々で傲岸不遜であるのだが、そこがスポイルされて優等生の会話になってしまっている。惜しい。
 なので、初読の時もおもったし、今回の再読でも思ったが、新訳がほしい。有名作はいくつかの文庫で新訳がでているので、できれば全作が新しくなってほしい。