著者はアメリカ研究者。購入後に気づいたが、以下の本の編著者だった。
その彼が8年の共和党政権(子ブッシュ)のあと民主党政権(オバマ)になってからのアメリカをみる。2010年初出。
第1章 アメリカン・デモクラシーの光と影 ・・・ 2009年のオバマ大統領就任に見る希望。一方でアメリカの保守性は変革を嫌う(通常は民主主義の実験室というような評価になるので以外。個別の問題では実験をするが、政府や政権の変更を避けるのだろう)。21世紀ゼロ年代の共和党政治は、アメリカ内の差別やマイノリティ軽視を拡大している。2006年のカトリーナ台風での貧困層支援の遅れにみられる。
(アメリカ建国の際に、中央集権的にならないようにしたのが、三権分立、民主主義、州の自治と権限の譲渡である。三権分立が重要なのは、オバマのあとのトランプ時代によくわかった。2021年に邦訳がでたオバマの自伝でも、野党の反対ほかで政策を実行するのは困難だったといっている。三権分立が独裁を許さない手段になっている。それにひきかえ、日本では...)
第2章 政治不信の根源 ・・・ 政治不信の理由としては、選挙やロビイングの費用が高騰し富裕なものが有利になり市民が参加参入しずらい、二大政党の違いがあいまい、選挙や政策がマーケティングによって左右される、政治家・官僚・マスコミ・企業の癒着が著しい、メディアの政治やニュースの監視機能が低下している、など。それは投票率の低さに現れる。
(ことに共和党が宗教右派やカルトの主張を取り入れるなど「文化戦争」をあおり、労働者が支持するようになった。一方、リベラルの民主党は文化政策でもリベラルであろうとして宗教保守の労働者から忌避されるよ宇になった。これは日本の自民党や公明党及びその派生政党でも起きている。)
第3章 セキュリティへのパラノイア ・・・ 1970年代以降の雇用の不安定と格差の拡大で、個人の孤立化が進んでいる。既存のコミュニティに居場所のない人たちはゲートで閉ざされたコミュニティを作る。富裕層の高級居住地、中流層のメガチャーチ、貧困層の犯罪組織やレイシズム団体など。
(富裕層のセキュリティ依存は、ジョン・ガルブレイス「満足の文化」(新潮文庫)が参考になる。)
(「孤独な個人が社会の多数派への同調を強め、政府の権力に自ら隷従していく(P130)」「社会的・道徳的つながりを欠く中(略)、個人は自らの居場所と権利に鋭敏になり、それらを保護・防衛すべく、法的・政治的手続きへの依存を深めていった。道徳はそうした官僚的な手続きに委ねられ、正義は実質的な目的というより、むしろ然るべき手続きそのものと同一視されるようになった(P127)」。これは日本でも同じ。)
第4章 多様性の行き着く先 ・・・ いっぽう、近代化した社会で個人は新しいタイプの社会関係を築くことができる。ジェンダー、家族、多民族などでさまざまな試みがある。とはいえ、市場主義やグローバル企業によって、共同体は破壊される。企業の系列やサプライチェーンに巻き込まれることで、自営が困難になったり、借金漬けになったり。社会の分断が起こるとすれば多様性よりも、原理主義のイデオロギーを押し付けることだろう。
(トランプが大統領選で負けた後に、陰謀論を言い続けることで、支持者が議会にテロを行った(2021年)。最後の指摘は極右やレイシストによって実際に起きた。)
第5章 アメリカニズム再考 ・・・ アメリカは民主主義や共和主義の理念を掲げていてその政策をしているが、国内には差別と格差、国外では独裁支援など理念に反する行動をとっている。その分析は下記などを参照。
でも、オバマが大統領になったことで、民主主義の修正力があるのだと思う。
(とはいえ、8年間のオバマ治世は飽きられて、ポピュリストのトランプが2016年に大統領になった。そこで数々の極右政策がとられた。2020年の大統領選で民主党のバイデンが選ばれたのは、民主主義の修正力かもしれない。とはいえ、異例の投票率の高さで、バイデンもトランプも過去に例を見ないほどの得票を得たのだった。分断は回避されたとはいえ、分断を強める力は残っている。それにひきかえ、日本では...)
アメリカ独立(革命)は民主化された政治体を作ることに成功した貴重な試み。その制度と伝統は維持されていて、極端な政体になることを防ぐ力を持っている。そのことを確認できる21世紀の様子でした。とはいえ、個々人が孤立化アトム化して政治参加することに無力感を持つようになるとか、毎年人口の1%の移民を迎えているとか、雇用の不安定と格差の拡大はおさまらないなど、共和主義を継続できるかには問題がいろいろある。まあ、希望は小学生が毎年政治を見学し模擬体験をし、学生や院生がボランティアで政治家支援を行うなど、政治に参加する公的自由を楽しむ仕組みが生きていること。
でも、アメリカの民主主義と自由は奴隷制があったことに依存していた(公的自由を楽しむ白人成人男性は労働から解放されていて、収入を気にしなくてよい)。奴隷解放、公民権法などで黒人差別をなくす取り組みはあったが、独立後250年近くたっても、レイシズムはなくならない。むしろ労働者や農民が保守化することで、レイシズムが蔓延しヘイトクライムが激しくなっている。2019年にBlack Lives Matter運動が多くの人によって行われたが、2020年からのコロナ禍は新たなヘイトクライムを発生させている。そこではアフリカ系アメリカ人がアジア系アメリカ人に暴力を振るうなど、マイノリティの間で起きている。様々な人種や宗教などが混在して、レイシズムがとても複雑になっている。
このようにデモクラシーの<帝国>でありながら、内と外に問題を抱えている。それでも全体主義への誘惑には抵抗できそうなところが、やっかいな存在。日本にいてもこの国の動向に大きく左右されるので、見続けなければならない。
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