「作家の日記」で発表された短編他。
おかしな人間の夢 1877.4 ・・・ ドスト氏は小説でユートピアを語ることがなかった(はず)なので、この他の短編はとても珍重。でもそこはドスト氏、一筋縄ではいかない。自殺を決意した男が見る夢という設定なので、それこそラスコーリニコフかスヴィドリガイロフが見た夢であるかのようだ(いやスタヴローギンやスメルジャコフの夢でもいいけど)。
本文全文
前回の読みの感想。
フョードル・ドストエフスキー「作家の日記 下」(河出書房)-1(1877年上半期)「おかしな人間の夢」
年齢、氏名不詳の語り手が憂鬱になり、世の中はどこにいってもなにもかも同じという一人だけ真実を知ってしまったので、元からの厭性癖もあって自殺を決意する。
おれは忽然として世界が存在しようがしまいが、あるいはなに一つどこにもなかろうが、おれにとっては同じこと
こういう気分、唯我論は「地下室の手記」の語り手も持っていた。
ある霧とガスの深い夜、自殺を決心したが、ぐっしょり濡れている女の子を見て引き延ばすことにした(同じ光景をスヴィドリガイロフも夢で見ている。「罪と罰」第6部第9章)。屋根裏のある部屋にもどっていると、蓋をしたままの棺の中に入れて担がれる感覚がし、埋められた後、だれとも知れぬ曖昧模糊とした存在によって開いた無限の空間にいた。ある遊星にヨーロッパと大洋を認めたが、それは第2の地球。罪悪を知らない人々、科学を有せず、より高遠な知識を持ち、情欲がなく、幸福のために心を苦しめることがなく、宇宙の統率者と連繋している。そういう理想の人々と「私」が接触したことで豚に寄生するいまいましい旋毛虫のように(ラスコーリニコフの夢にも登場)一夜で堕落させた。情欲を知り、嫉妬が生まれ残忍になり、孤立分断が進んで争いをおこし、悲哀と苦悶に満ち、自己愛が生まれ神殿で希望を捧げるようになり、堕落以前のようにはならないと言いながら情欲にまみれる。
(前回の感想では米川正夫の解釈に引っ張られて「地球愛」などで考えたが、前半では近代ロシアより前の原初ロシアにユートピアがあったのが、ヨーロッパの自然科学や功利主義に汚染してロシアは堕落したのだと読む。)
目覚めたのち、自殺する気分は消え失せ、今こそ生きるという確信が生まれる。みずからのごとく他を愛せという真実の伝道に邁進する。この堕落したロシアを救うには、モッブでダス・マンの<私>が決起し、全体主義運動で生まれ変わらせる。彼は煉獄で使命を感じ、伝道のために荒野にいったのだ。伝道に邁進する決意も含めて全体はラスコーリニコフの夢(エピソードで高熱を発した時に見た)と言える。
現代生活から取った暴露小説のプラン 1877.5-6 ・・・ たぶんどこにも使われなかった「匿名の罵言者の典型」を主人公にする小説のプラン。「分身(二重人格)」と「弱い心」の登場人物による「悪霊」第1部のよう。