odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

深見弾編「ロシア・ソビエトSF傑作集 下」(創元推理文庫)

 上巻は革命以前の帝政時代で、下巻は革命後。1920年代のロシア・アバンギャルドの時代と1930年代の社会主義リアリズムの時代。SFは1930年代には当局に快く思われず、作品が没になったり、書くことを停止された作家もいたとの由。たぶんその一方で、人民教育のための教化小説のあったはず。ここでは前者のものを取り上げて、後者のはないように見える。上下巻でたった10編では状況について何かをいうには情報が足りなさすぎ。そのかわりに編者=訳者の充実した解説がついている。

アレクセイ・トルストイ「五人同盟―世界が盗まれた七日間―」1924 ・・・ 月の火山活動が活発になり、ビエラ彗星の衝突が懸念されている。世界征服を狙う「五人組」は月の破壊を進め、パニックに乗じて世界の富の格安で買い取り、それを背景に国家を次々と征服していった。世界の独裁者になったにもかかわらず、人々は恐怖を感じないし、貧困を苦にもしない。当ての外れた独裁者は口あんぐりで、民衆はしたたかに生き延びる。状況はウェルズ「毒ガス帯」。結末は正反対。

ミハイル・ブルガーコフ「運命の卵」1924 ・・・ 1920年か21年の飢饉があったので、ベルシコフ教授は卵に様々な光線を照射して、孵化を促進する研究を進めていた。そしてついにある種の<赤色光線>を見出し、鶏を短期間で巨大化することに成功する。教授は研究の応用に慎重であったが、近くの農業研究所が無理やり光線を出す機械を押収し、大量の卵を発注した。まあ、官僚主義の結果か関係者のチェックミスのせいか、誤った卵が届き、研究所周辺近隣の3郡が壊滅するという次第になる。このパニック描写はなかなかおもしろい。危機を救ったのが冬将軍というのもね。
 この小説には上記のような飢饉に、メイエルホリドの劇場での「事故死」が記述され、あまつさえ「赤色」光線が自然界をパニックにするという設定。これには共産党のどんな愚鈍な官僚も激怒したことだろう。巨大化して民衆を食い荒らす爬虫類も、パニックになって教授を惨殺する民衆も、ボルシェヴィズムのもたらしたものの寓意であるとみなせるからだ。それがあってか作者はスターリン時代に小説を発表できず不遇のうちに死を遂げる。1980年現在でロシア語版は出版されていない。たぶん初出の雑誌からの翻訳だろう。

アレクサンドル・ベリャーエフ「髑髏蛾」1929 ・・・ アマゾンに博物学収集旅行にでかけた昆虫・植物学者の物語。一匹の髑髏蛾を発見して宿営地を迷いだした学者は、アマゾンの未開地で一人で生活することを余儀なくされる。彼は人間との交流をなくしたために、ことば・声を失い、どんどん野生化していく。15年を経て別の国の博物学者が発見したとき、彼は未開人あるいは狂人としか見えなかった・・・という話(このあとオチはある)。これは、反「ロビンソン・クルーソー」であり、もうひとつの「モロー博士の島」である。ここでは人間は社会的存在ではなく、野生化するとともに知性は退化し、自然に飲み込まれてしまうという悲観的な視点がある。これは共産主義政権が声を大にする、科学による文明・経済その他の発展というスローガンに反対している。

エ・ゼリコーヴィチ「危険な発明」1938 ・・・ 頑固で怒りっぽい老年の教授が冒険旅行に出かけたので、村人たちは留守中の実験室に入って装置を動かしてしまった、そうしたら世界中のほこりがすべて落下。おかげで雲が消え、湿度100%になり、昼間は高温で夜は低温になるという非常事態。帰還した教授は懸命に装置を直そうとする。皮肉な結末。
ゲ・グレブネフ「不死身人間」1938 ・・・ 帝政時代にゴート博士が「エマスフィラ」なる装置を発明する。それは触れようとする力をそのまま相手に戻す装置で、とくに砲弾にはよく聞く。彼は報道と思想の自由を要求するが、権力は力でねじふせようとするか懐柔しようとするか。ゴート博士が民衆の側にあるので労働者は拍手喝采。しかし「エマスフィラ」が故障してしまって・・・サイエンティストは民衆の側に立ちましょうね、という教訓話かな。


 科学者の研究が行き過ぎて自然を改変したり、怪獣を出現させたりして、人間に被害を与える話。このような科学技術批判を内在させた作品というのは共産主義国家の体制にとってはまずいものであった。数人の作家は作品発表の機会を失うことになっている(1930-50年代はスターリン政権)。この点、むしろアメリカのSFのほうでは科学技術には素朴に信頼をおき、未来を形成する力をもっているとする作品が多く書かれている。このあたりの違いは結構おもしろいと思う。
 1970年代からロシアのSF小説は活況を呈したというけど、それもまた忘却されてしまったみたい。