odd_hatchの読書ノート

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チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか 上」(岩波文庫) ペテルブルクの貴族の娘ヴェーラが男の所有物であることを拒否し人民と暮らすまでの一代記。

19世紀のロシアの哲学者、経済学者。ナロードニキ運動の創設者の一人。1863年獄中にあったときに、4か月で書いたのがこの小説。発表前に検閲に会ったが、特に問題視されずに、雑誌に三回にわけて連載。大きな反響を呼んで、単行本が出たら発禁になった。その後は様々な形で出版され、とくにレーニンが激賞したので有名。この国では戦前から邦訳があったが、今回は1980年出版の岩波文庫版で読む。
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 タイトル「何をなすべきか」は、主題を現したのではなく、読み終えた読者への問いかけであるだろう。社会の不公正を知りすでに活動している人を前にして、読者と、お前は何をなすべきかと考えたのか。それを実行する決意はあるのか。

第1章 ・・・ ペテルブルクの上流貴族パーヴロヴィナ家では年ごろになった娘ヴェーロチカの結婚に頭を悩ましていた。母マーリアは貴族ストレシニークをいい相手と思っていたが、ヴェーロチカはこの軽薄で頭の弱い男には見向きもしない。親が自分の結婚に介入するのが嫌だったのだ。母は婚約させようと画策するが、うまくいかない。そのうち、ストレシニークのだらしなさが見えてきて、母も愛想をつかす。

第2章 ・・・ ヴェーロチカの社交界デビューも近い。そこで医学生ロプホーフを雇いいれ、ヴェーロチカの家庭教師にした。貧乏な生まれであったので社会貢献したいロプホーフは貴族には目もくれない。ヴェーロチカは友人らから聞いた新思想(フランスの自由主義と思われる)を体現する人物としてロプホーフにひかれていく(彼はヴェローチカに「あなたは地下室から出られる」という)。驚くべきことに、ヴェーロチカは貴族の娘でありながら、ロプホーフの自由主義を上をいく女性と男性の対等な家族関係を主張する。いずれ教授になろうとおもうロプホーフはヴェーロチカにひかれ、駆け落ち同様に結婚する。
(章の終わりにここまでの狂言回しであった母マーリアに作者は賛辞を述べる。このメタフィクショナルな仕掛けが19世紀半ばにしてすでにあったのが興味深い。作者や語り手が登場人物や事件の評価を述べるのは、ほかの古い小説にもあった(スターン「トリストラム・シャンディ」など)。たいていは本文に組み込まれている。)

第3章 ・・・ 19歳のヴェーロチカ(成人後はヴェーラ)はペテルブルクに間借りし、ロプホーフは家庭教師になり、ヴェーラは裁縫店を開く。幸いロプホーフの友人らの支援で店は繁盛。ヴェーラは利益を従業員に配分し、共同経営を提案。3年の間に成功し、店舗の拡大、共同アパート、生活協同組合を実行する。ロプホーフは家庭教師の口からある工場の副支配人にならないかという話をもらう。逡巡しているところに、ヴェーラは実はロプホーフを愛していないことに気付く。むしろ彼の友人で最近は出入りのないキルサーノフにひかれていたと打ち明ける。副支配人になることを決めるためにロプホーフはペテルブルクを離れ、ピストル自殺を遂げる。ロプホーフをキルサーノフの共通の年下の友人であるラフメートフがヴェーラを慰める。
(唐突にラフメートフが現れ、数世代前からの家系が紹介され、10代の生活を詳しく物語る。貴族で地主の子であるが、世界変革と人類の平等の実現に生涯をかけている人物。その禁欲的で、旺盛な行動は、作者をして「宮殿の人」(人々の理想)と呼ばしむ。当時の「ヴ・ナロード」を体現する人物。ヴェーラを慰めたのち、すぐさま物語の外にでてしまうが、読者へのインパクトは大きい。なにしろ彼の批判のためにドスト氏に「地下室の手記」を書かせるほど。)

第4章 ・・・ ヴェーラはキルサーノフと結婚。縫製工場は繁盛し(キルサーノフは経営を手伝う)、第2号店をペテルブルクに出店。店の経営者(というより代表)は女性(きわめて革新的)。ヴェーラは余裕ができたので医学の勉強を開始する。ヴェーラはますます自立を志向する。
(ヴェーラの考えはさらに公正の実現に向かい、男女同権を確立することが自由であると考え、女が男の所有物であることを止めることを目指す。あるとき、夢の中でアスタルテ(アフロディーテ)に導かれて鉄とガラスでできた透明宮殿をみる。共同生活、労働のない自由な社会、生活が芸術になった未来の世界をみる。)

第5章 ・・・ ところでペテルブルクにカテリーナという若い娘(17歳)がいた。なぜか衰弱するのでキルサーノフが診察することに。すなわち親の決めた男とは別の男に恋しているから。それがダメな男だったので、周りでいさめようとしたが意固地になる。自立心が芽生えるようやく男のだらしなさに気付き、落胆しているのでヴェーラを紹介した。すぐに意気投合し、家族は隣り合った家に引っ越し、新たな友愛の暮らしを始める。寒い日のピクニック。みんなで歌を歌って大団円。

 

 トリビアにこだわるが、同時代人のフロレンス・ナイチンゲール(女性看護兵のプロデューサーとして)、クロード・ベルナールの名がみえる。また、1860年代にペテルブルクではヴェルディリゴレット」1851年初演、「椿姫」1853年初演が上演されていて、大評判。ロシアとヨーロッパは政治的には分裂していたが、文化的には緩やかに統合していたことがわかる。

 

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2020/01/27 チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか 下」(岩波文庫)-1 1863年 1863年
2020/01/24 チェルヌイシェフスキー「何をなすべきか 下」(岩波文庫)-2 1863年 1863年