odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

吉村正和「フリーメイソン」(講談社現代新書)

 フリーメイソンモーツァルトの「魔笛」に関係しているという話(キャサリン・トムソン「モーツァルトフリーメーソン法政大学出版局)と、トンデモ陰謀論によく登場することで知っているくらい。そこで本書を読む。冒頭にエドガー・A・ポー「アモンテイリャアドの酒樽」に特殊な挨拶があって、フリーメイソンのことだというのに驚く。そしてフリーメイソンを書いた本がゲーテ(入会していた)、レッシング(ドイツの哲学者)、ディケンズ、ドイル(「赤毛連盟」!)、ネルヴァル、トルストイ(「戦争と平和」)、トーマス・マン(「魔の山」にメイソンリーと称するキャラクターが登場)にあるというのにさらに驚く。
ネルヴァルの「暁の女王と精霊の王の物語」は本書で言及されていないが、登場する石工はフリーメイソンの始祖と言われる人物だ)
ゲーテ、シラー、レッシングなどとフリーメーソンの関係は下記の本が参考になるらしい。

blog.livedoor.jp北原博「ゲーテの秘密結社―啓蒙と秘教の世紀を読む」大阪公立大学共同出版

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4901409123/

(残念ながら、本書にはスウェデンボルグの名はでてこなかった。サン・ジェルマンやカリオストロらはでてくるのに。なので、このリンク先で書いたことは俺の勇み足の模様。エマニュエル・スウェデンボルグ「霊界からの手記」(リュウ・ブックス) )

 毀誉褒貶が激しく、陰謀論に登場する一方、会員以外にはなかなか情報の出てこない「謎」の組織。それを歴史的に紐解く。実のところ、起源ははっきりしないで(神話的な起源説もあるくらい)、貴族と上層市民の親睦会が近世からあって、「フリーメイソン」を各地で名乗っていたのが実情らしい。現在に続く組織ができたのは18世紀初頭のイギリス。以来、ヨーロッパ各地で「ロッジ」がつくられ、横のつながりができていった。その際、入会にはいくつかの条件があって、下層市民や労働者は排除されていた。一方で貴族、上層市民、政治家、文化人はこぞって入会していた。入会に当たる秘儀が特殊なところから(モーツァルト魔笛」のタミーノが経験する)、秘密結社にみられるが、実際は居酒屋で親睦会を開くことが主眼。町の名士の集まりでもあったから、ロビイングの相談くらいはあっただろう。アメリカ独立戦争の指導者にはフリーメイソンがたくさんいたのも、フリーメイソンの会合で培われた共和主義が政治に参加するきっかけになったのだろう(独立にあたりフリーメイソンと政治はわけていた)。今では、ロッジは取材に応じているので、秘密などないことがわかっているが、根強い懐疑と憶測は残っている。日本にもロッジはあるが、欧米人中心の組織なので日本人のメンバーはあまり多くない(数千人くらいらしい)。
別冊宝島編集部「新装版 陰謀大全」宝島社文庫2007年に日本ロッジ元グランド・マスターのインタビューが載っている。「入会金四万円」「陰謀団と言われるのは、先進国では日本だけ」「フリーメーソンリーは宗教ではない」「オカルトを期待すると失望する」とのこと。)
 そのような組織そのものより、フリーメイソンには18世紀の西洋思想が象徴されていることが重要だという。すなわち、フリーメイソンには西洋神秘主義と合理主義が(近代から見ると奇妙に思われるが)融合している。それまで神の恩寵を待ち望む(その現れが啓示)ことが信仰であったのが、理性と科学の時代になっていかに人間が神そのものになるか(理神論)を合理的に考えるようになった。神のことを棚上げにしてもよくなり、人間が道徳的に善くなる/正しくなることが求められる。道徳の内実はたとえばソクラテスの教え(智恵、勇気、節制、正義)の実現であり、ロックの自由・平等・博愛なのである(のちにフランス革命で採用)。そうやって人間と社会の完成を目指し、地上を「天国」にする。その天国は世界的に結合しているという。こういう理念は、カントの世界共和国や国際連合EUなどの理想と実践につながる。
 こういう18世紀思想のアマルガムフリーメイソン。彼らが社会の様々なところで活躍し、周りに影響を及ぼしていく。そこではフリーメイソンの組織的な運動はなかったわけで、つまりはSNSのない時代の情報交換と共有の場であって、入会資格を厳しくした親睦団体と思えばよい。そこに陰謀団体めいた妄想を持ち込むとおかしなことになる。
 一点だけ文句。最終章で日本国憲法フリーメイソンの理想を具現化といっている。理由は、アメリカが宗教国家であること、憲法の精神がフリーメイソンの理想と一致していること、マッカーサーフリーメイソンの会員であること。理由としては薄弱にすぎると思う。日本国憲法施行にかかわった人たちを愚弄していると思うので、こういう陰謀論めいた主張はやめましょう。
(上にあげたインタビューでも、メイソンリーはビジネスとロッジは区別していると、ロッジの代表者がちゃんと釘を刺している。たとえば、トルーマンもメイソンリーだったが、マッカーサー朝鮮戦争時の原爆使用提案に反対して激論し、折れないマッカーサーに「サノバビッチ」といったことが書かれている。)