フランクフルト学派の研究者によるヴァーグナー家の歴史。1980年の初出からそろそろ半世紀もたつとなると(俺が買って読んだのは同年11月の三刷り)、いろいろと書き換えなければならないだろう。何より本書はバイロイトのヴァーンフリート館と歌劇場から同時代をみているので、別の場所で起きたことやヴァーグナー家ではない人たちのことはあまり深堀りしない。このあとに発見された資料も参照したほうがよい。そうすると、ヒトラーとナチスについては以下の本で補完しよう。
2025/05/26 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-1 国民的な支持があってナチスは政権奪取後1年半で人種差別と人権制限の法を整備した。 2015年
2025/05/23 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-2 見かけだけの雇用促進と外交上の成果にドイツ国民は熱狂した。 2015年
2025/05/22 石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」(講談社現代新書)-3 ホロコーストはヒトラーとナチ・ドイツの手段ではなく、目的そのもの。 2015年
2025/05/19 小野寺拓也/田野大輔「検証 ナチスは『良いこと』もしたのか?」(岩波書店) 歴史修正、歴史否認、歴史捏造は詭弁ばかりの政治活動。 2023年
30~40年代のバイロイト音楽祭の指揮者の主役はフルトヴェングラー、敗戦後の復活時にはカラヤンが重要。この二人のナチスとの関係はもっと複雑。フルトヴェングラーは芸術に奉仕する教養人というにはなまなましい欲望の持主だった。カラヤンもナチスにつかず離れずの親密な関係を保って、権謀術策を使いながら立身出世を図った。その事情は以下を参照。
2018/04/26 中川右介「カラヤンとフルトヴェングラー」(幻冬舎新書) 2007年
19世紀後半からあとのドイツではヴァーグナーの作品と思想はのちの人々を呪縛した。
ワーグナーの思想に関しては、下記を参考。
2012/01/02 リヒャルト・ワーグナー「芸術と革命」(岩波文庫)
2023/06/01 名作オペラブックス「パルジファル」(音楽之友社)-1 制作開始から初演までのドキュメント 1988年
2023/05/31 名作オペラブックス「パルジファル」(音楽之友社)-2 ワーグナーは反ユダヤ主義者で女性蔑視者 1988年
岡田暁生「オペラの運命」(中公新書) 2001年
本書によると、以下の二人はヴァーグナーの神話世界に影響を受けていたし、発想の一部はヴァーグナーに由来しているという。
2012/11/16 トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(岩波文庫)
2021/12/09 テオドール・アドルノ/マックス・ホルクハイマー「啓蒙の弁証法」(岩波書店)-1 1947年
2021/12/07 テオドール・アドルノ/マックス・ホルクハイマー「啓蒙の弁証法」(岩波書店)-2 1947年
前回の感想は以下。上のような資料を読んでいなかったので、要約はしているが、薄っぺらいかな。
といって、哲学の泰斗の文章に付け加えることはないので、別のやり方でサマリーを作る。それはヴァーグナー家の世代交代とその内実。
・リヒャルトが1883年に亡くなると、権力は妻コジマに移る。息子ジークフリートは温厚な善人だけど、芸術的才能はほぼなく権力をふるうことはない。でもコジマのカリスマ性でリヒャルトの理想がそこにあるかのようなヴァーグナーの精神王国をつくる。集うのはドイツのディレッタント、教養階級。
・ヒトラー台頭のころにコジマとジークフリートが死亡。権力はジークフリートの妻ヴィニフレッドに移る。彼女はイギリス人なので、ドイツ人の信頼を得ていない。そこで権力と精神の後ろ盾にしたのが、ヒトラーとナチス。夏のバイロイトはナチスの臨時首都になった。集うのはナチスの外交で呼び集められた外国人と戦傷軍人。
・敗戦のあとはナチス色の払拭が求められる。権力の無制限の支援を受けられなくなったため。そこで権力はジークフリートの長男ヴィーラントに移る。彼は戦前の関係者を排除し、ヴィニフレッドを関与させないようにし、戦前の演出とは全く逆のやり方に変えた。その抽象的な舞台から政治的なメッセージをなくした。新演出は絶賛された。
・ヴィーラントは50歳になるまえに夭逝。そのあとは弟ヴォルフガングが継ぐ(なお直系の親族は他にもいるが、ヴォルフガングが継ぐと彼の子供以外は排除される)。演出の才能がないと自覚したのか、ヴォルフガングはスタッフの国際化を図る。ドイツ以外の国籍のスタッフが重鎮を担うようになる。本書には記載はないが、アジア人も採用された。集うのは外国人観光客、大衆化した観客、スノッブ。
ドイツ芸術賛美者のディレッタントの集まりが、ナチスに簒奪され、それを払しょくする必要があり、ナチスの全体主義運動とは別の大衆化が必要になり、さらに国際化を選ぶ。その結果、聴衆のスノッブ化、退化(アドルノの評)が進んでいるわけだ。いっぽうで、1980~90年代にかけては、主要指揮者がユダヤ人を含む非ドイツ人(レヴァイン、バレンボイム、シノーポリ)になったこともあった。以後はLGBTQの人が演出などで採用されるケースもでている。あと、リヒャルトは劇場で上演するのは「さまよえるオランダ人」以降の10作品としてきたが、21世紀には若書きの「リエンツィ」を上演する計画がある。公演回数が増え、観客が増え、上演された楽劇は映像で収録されTVで放送され、商品になって市場で売られる。19世紀の芸術至上主義はもはや通用しなくなり、大衆化と商品化がどんどん進められている。
そこでもヴァーンフリート館は自己批判を持たなければならない。リヒャルト自身の反ユダヤ主義とミソジニー、20世紀前半のナチス加担は克服していかなければならない。なのでこのような自分の家をパロディ化するような演出も実行する。
2012バイロイト音楽祭の「パルジファル」について 近代ドイツとワーグナー家の歴史を楽劇に盛り込む。ワーグナー一族のナチス加担を隠さない。
清水多吉「ヴァーグナー家の人々」(中公新書) → https://amzn.to/3SLnvOg
石川栄作「ジークフリート伝説」(講談社学術文庫) → https://amzn.to/4kEsKeW
