odd_hatchの読書ノート

エントリーは3400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2025/9/26

石川栄作「ジークフリート伝説」(講談社学術文庫) 5世紀から20世紀までのさまざまなジークフリート伝説をそうまとめ。

 俺もそうだったが、ワーグナーの音楽にはまることによって、もとになった伝説のあれこれを読み漁ることになる。すると、「トリスタンとイゾルデ」でも「パルジファル」でも無数のバリアントがでてきて、困惑することになる。すなわち、物語は似通っているが、細部は異なり、登場人物が異なり、ときに善悪のキャラが代わってしまうことに気づく。ほとんどが口承で伝えられ、場所と時代が異なれば、物語も変わるのだと納得して、ようやく落ち着ける。俺は上記二作の、邦訳があるものを数種類しか渉猟しなかった。
 著者は、ジークフリート伝説(別書で「トリスタン」伝説も取り上げる)の様々なバリアントを(おそらく原語で)読んだ。中世叙事詩の「ニーベルンゲンの歌」の邦訳もやってのけた。年季と渉猟範囲はとても広く深い。そのような研究者によるジークフリート伝説の変遷を読む。さまざまなジークフリート伝説が5~6世紀ころから現在まで書かれているが、特に重要なのは(今日でも読者がいるのは)、13世紀の「ニーベルンゲンの歌」と19世紀のワーグナー「ニーベルンゲンの指輪」のふたつとのこと。これ以外のジークフリート伝説は邦訳されそうにないので、本書でサマリを読めるのはありがたい。


 ジークフリート伝説の古形は以下。

ジークフリート像の原型は孤児として荒野の中で、妖精の鍛冶屋のもとで成長し、恐ろしい竜を退治して、その溶けた角質の皮膚で不死身となり、両肩の間の一ヵ所を除けば傷つけられないという英雄である。また、彼は遺産をめぐって争いをしていたニーベルンゲン族を打ち殺して、そのいわゆるニーベルンゲンの財宝をも奪い取ったが、のちに二人の女性の口論がきっかけとなって暗殺されてしまう運命にある英雄である。(P250)。」

 5~6世紀にブリュンヒルト伝説が、460年ころにブルグント伝説がドイツでできた。「ニーベルンゲンの歌」の前編・後編に相当する内容。それぞれ独立して伝承していたが、しばらくして失われ、北欧に移されて追加されたもの(エッダやサガ)ができた。北欧主神オーディン(オージン)が伝説に追加される。これがドイツに渡り、13世紀初頭に書き手不明の「ニーベルンゲンの歌」ができた。スコープ(宮廷詩人)が歌っていたものがまとめられたらしい。
 中世になって民衆本ができると、ジークフリートは人気の題材になる。物語にキリスト教説話が加わるようになる。当時の民衆本の事情は下記エントリーを参照。

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 17世紀の30年戦争はドイツ文化を荒廃させ、伝承や民衆本が忘れられる。
 「ニーベルンゲンの歌」の再発見は18世紀後半になってから。ナポレオン戦争とその後始末と影響で、ドイツ・ナショナリズムが勃興したのと軌を一にしている。ヘルダー、ゲーテティーク、フケー、ラウパッハ、ヘッベルらが小説や戯曲を書く。そして真打のワーグナーが「ニーベルンゲンの指輪」を引っ提げて登場。ワーグナーは「ニーベルンゲンの歌」をそのまま採用したのではなく、北欧サガやほかの資料を参照して独自の解釈を行った。ときには前例がない話を挿入している。古代・中世から伝承はそういうもので、話者や詩人が観客の反応をみていろいろ改変するのは当たり前だった。そこに目くじらを立てずに、差異を楽しもう。
 ワーグナーの「ニーベルンゲンの指輪」はこれまできちんと読んだことがなく、解説も読み流してきた。なので、著者の解説は面白かった。とくに、「ワルキューレ」でヴォータンが構想したのは、人間が指輪の呪いから神々を護り、世界に救いをもたらすことで、そのために人間の妻をめとって子供を産んでいた。そのひとりが英雄ジークフリート。これはワーグナーの創意(たぶん)。ブリュンヒルデもヴォータンの娘だが母が神々のひとり。でもヴォータンによる炎の結界に入れられ、ジークフリートに冑を破られてから、神性を失う。ジークフリートがハーゲンに殺されてから、ヴォータンは神々の没落を悟り、二羽のカラスをヴァルハラに帰還させ城を劫火で燃やす。このストーリーは古伝承にはないもの。俺が妄想するに、18世紀後半からの「英雄」イメージが投影されている。人間を生かすために英雄は尽力し死ななければならない。神性を失った英雄を葬送したあとに、新しい人間が生まれる。でも「ニーベルンゲンの指輪」には人間は登場しないので、没落だけが目立つ。なので、規律化されていない労働者が神々の騒動を見守る1976年のパトリス・シェロー演出は、ワーグナーの「指輪」の最も重要なところをしっかりとつかんでいるのだと思った。「神々の黄昏」動画は数本をみているが、シェロー=ブレーズ盤が最上。その理由がこれで分かった。
 20世紀にもジークフリート伝説のバリエーションがいろいろでる。ことにバイロイトの演出で顕著。WW2以前は民族イデオロギーが顕著でドイツ忠誠のデモンストレーションになっていた。でも敗戦後は脱イデオロギー、反ナチを鮮明にする。その話は以下のエントリーを参照。

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清水多吉「ヴァーグナー家の人々」(中公新書)-2
 ジークフリート伝説はドイツのナショナリズムのとても深いところに関わっている。それが19世紀から20世紀前半までに全体主義や排外主義に使われてきた。今後もジークフリート伝説は新しいバリアントが書かれるだろう。そのときいかに非イデオロギー・脱イデオロギーするかはつねに問われるだろう。俺のような日本人はジークフリート伝説に愛国心を喚起されることはないので、遠くから眺めるだけだが、かわりにヤマトタケルのような日本神話の英雄には注意しないといけない。まあヤマトタケルはあまり英雄的ではないので(女装するとか卑怯な策略を使うとか)、今のところは目立つキャラにはなっていない。
 著者は1951年生まれなので、年が近い俺はこの人がどんなワーグナーを聞いてきたのかだいたい見当がつく。どんな日本のワーグナー論を見て来たかも同様。

 

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