江戸川乱歩には暗号小説がある。「二銭銅貨」、「算盤が恋を語る話」、「孤島の鬼」、「幽麗塔」をすぐにおもいつくが、なんといっても最高の暗号小説は「大金塊」だ。ということが、竹本健治「涙香迷宮」(講談社文庫)にかいてあったので、青空文庫に収録されたこの少年小説(ジュブナイル)を読む。初出は「少年倶楽部」で、1939-40年にかけて連載された。
実業家で大資産家・宮瀬家の一人息子・不二夫くん(読者である少年からすると、日常ではまず出あうことがないブルジョア子弟で、羨望の的。彼が不条理な事件に会うことが読書の興を煽る)が妙に寝付かれないでいると、天井から一枚の紙が降ってくる。そこには動くなと書かれ、窓の人影がピストルで狙っているのが見える(子供の不眠恐怖、そして暗闇恐怖がよくわかる。この恐怖はラストシーンで再現される)。夜が明けると、人影とピストルはただの人形(光が差すと闇は消え、恐怖と神秘はなくなる)。父に話すと、それはこの家に伝わる暗号文書を盗んだに違いないと知れる(子が父の秘密を知るというのはとても大きな出来事。エディプスコンプレックスが発動する)。それは幕府の終わりに先祖が埋めた莫大な宝の隠し場所が書いてある(徳川埋蔵金伝説、小栗財宝隠匿説、西郷隆盛伝説などが人口に膾炙していたのだろう)。そこで明智小五郎に出馬を要請。明智は賊が残した紙切れから秘密の隠し場所をすぐに見つけてしまう。
賊は残りの暗号を要求するが、宮瀬氏は拒否。不二夫くんが危ないということで、小林少年が身代わりになる(自分の存在が重要になり大人が心配するということに喜びを感じる。学校に行かなくてすむという突然の休暇が強制されるのも子供には羨望の的)。小林少年は「人間椅子」のトリックで誘拐され(都筑道夫の片岡直次郎ものにもこの脱出トリックがあったな)、賊のアジトに連れ去られる。身代わりはばれず、地下室に監禁されたが、秘密の万能カギで直ちに脱出(選ばれし少年が危機において秘伝の魔力で解決する、というのは少年物の定番)。家の中の秘密の通路や秘密の部屋をとおり(「幽霊塔」の再話。こどものかくれんぼ遊びや探検ごっこのシリアス版)、首領の秘密と盗んだ暗号文のありかがわかる。小林少年は再び深夜をまって、このアジトを脱出する(冒険小説のだいご味であるアタック・アンド・エスケイプ)。
持ち帰った二つの暗号をかさねて全文がわかる。「獅子が烏帽子をかぶる時カラスの頭の/ウサギは三十ネズミは六十岩戸の奥をさぐるべし」。明智探偵は家の中にそれらしい象徴がないことから、山の岩の名と推測するも該当するところはない。ある登山家から三重の島にその名がついた岩があると教えられる。宮瀬に質すと、そこは先祖が出たところだと驚愕(笑)。4人は冒険家の装束をまとって(ふだんの自分ではない者に変装することの快感)、三重まで大旅行(大人の仕事に子供が参加ししかも重要な役割をもたされるというのも子供にはうれしい)。漁船をチャーターして、岩瀬島(仮)に行く。島と周囲の岩を捜索し、暗号通りに進んだ先に、洞穴をみつけて、宝さがし。入口に糸をつなぐも、追いかけてきた賊が切り取ってしまう。子供と大人がはぐれ、こどもらは乏しい装備で洞窟内を放浪する(「孤島の鬼」の再話。男の子二人がいっしょというところに注目)。滿汐は穴を海水で埋め、ふたりは慣れない泳ぎで忍ぶしかない・・・。発見した莫大な宝は国家に奉納した(黒岩涙香「幽霊塔」をなぞっているのだが、連載時の時局を反映したものでもある。少年の自立を促す小説は、国策に積極的に協力する軍国少年になることを勧める)。
上のサマリーに注釈でいれたように、過去作品や先行作をパッチワークして作っている。ある意味、創意工夫を放棄していると言えるのだが、その代わりに当時の作者や少年たちの願望が読み取れた。大衆小説が、熱狂する読者にどのようなロールモデルを提供し、どのような役割を果たせと勧めているのかがよくわかる(なので敗戦後には大衆小説の戦争加担が問題にされた。桑原武夫「文学入門」、中村光夫「風俗小説論」)。
暗号は乱歩の随筆「暗号記法の種類(「探偵小説の謎」に所収)」のなかの寓意法による。これは宮瀬家の事情に詳しくないと解けない。なので読者は謎解きに参加できない。かわりに文字と事物の意外な結びつきに驚くことになる。「字、語、又は句を異常の並べかたにして人目をくらます方法」である置換法の暗号が得意だったのは、小栗虫太郎。工夫を凝らしているけど、これも俺のような怠惰な読者には解けない。
2014/05/16 小栗虫太郎「白蟻」(現代教養文庫)
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