odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

あらえびす「楽聖物語」(青空文庫)  戦前日本にはバッハからストラビンスキーまでが一度におしよせ日本人はけんめいに咀嚼した

 昭和16年(1941年)初出。あらえびすは、野村「銭形平次」胡堂がレコード評論をするときのペンネーム。SPレコードしかない時代に1920年代から西洋古典音楽のSPレコードを集め、人を呼んで聞きあい、筆で紹介の労をとった。戦前から西洋古典音楽を紹介するものはいたが、学者・研究者のものが多く、通俗的な解説で今に残っているのはあらえびすくらいではないか。
図書カード:楽聖物語
 「楽聖物語」は1941年11月初出。アメリカ宣戦布告直前。まだ内地ではこのような本が出版可能だった。ここでは西洋古典音楽の作曲者17人の生涯を概説し、主要な作品を解説し、入手しやすいSPレコードを紹介する。取り上げた作曲家は以下のひとたち。
ヘンデル/J.S.バッハ/ハイドン/モーツァルト/ベートーヴェン/シューベルト/ベルリオーズ/メンデルスゾーン/ショパン/シューマン/リスト/ワーグナー/フランク/ブラームス/チャイコフスキー/ドヴォルザーク/ドビュッシー
 堀内敬三「音楽五十年史 上下」(講談社学術文庫)をみると、この国で「大衆」が西洋古典音楽に親しむようになったのは20世紀になってから。軍楽隊(のバリエーションとしてのチンドン屋)や無声映画の伴奏、軍歌や唱歌の合唱運動などの下地があっただろうが、インテリにとってはSPレコードとして表れる。おりしも大正教養主義の時代。SPで西洋の古典音楽を聴くことがそのまま人格修養や徳の積み重ねになり、人生や自我の問題、さらに生活に対する芸術の優先などを考えるとっかかりとして機能した。とはいえ、SPレコードは輸入ものは高価、国産品がでるようになっても、なかなか購入しがたい。そこで、金にいとまを付けない人達が教養の担い手として、楽曲とSPの推薦盤を紹介するようになった。
 取り上げた作曲家の生涯や作品を説明するときに、内面の闘争や葛藤を克服しての自己表現、人生観と哲学を込めた作品作り、芸術への一途な奉仕、ヒューマニティや感情の表出、世の無理解に対する抵抗と貧乏暮らしなどに焦点を当てる。教養主義の具体的な事例であり、目標とする人生を実行した人として語られる。今日の眼からすると、この人たちの「人間的なところ」がすっかり抜け落ちた(バッハの子煩悩と勤勉さモーツァルトの笑いワーグナーの不倫、など。シューマンの病理も天才である代償のように軽く扱われる)。
 この西洋古典音楽の見方は、このあと50年間(大体昭和の時代にあてはまる)、この国の基本になる。戦後に出た評論の多くもここに書かれた見方の延長にある。西洋古典音楽を聴く側も、上にあげた人たちの作品から聞くようにし、演奏会で取り上げることを望んできた。この本は歴史的な記録として重要(今ではなかなか聞けない忘れられた演奏家がいろいろとでてくるところや、戦後に評価がガタ落ちした作曲家や作品がとりあげられているところなど)。
 振り返れば、西洋音楽はバッハ、ヘンデルの18世紀から、ストラビンスキー、ショスタコーヴィチガーシュインらの(当時の)現代音楽までが、まとめていっしょくたにして歴史的な経緯を省略して一度にこの国に入ってきた。それを全部まとめて飲み込み、このような見方と基準をつくりだし、分類と評価を作り上げた。その間、四半世紀にもみたない。この貪欲な知識欲と収集熱には感嘆。
 そのうえ、この本には、付録があって上記17人以外の作曲家と作品と録音が紹介されている。ほとんどが存命中の「現代音楽」作曲家(リヒャルト・シュトラウスイベール、ミヨー、プロコフィエフショスタコーヴィチシェーンベルクなど)。戦前の音楽愛好家は古典偏重、ドイツ音楽偏重であったわけではなく、幅広く聞いていて、しかも「現代音楽」にも寛容であったことの証左(実際、戦前の邦人作曲家はこのような存命中の「現代音楽」作曲家の作品を勉強し、スタイルを咀嚼した作品をたくさん書いていた)。
 でもこの趣味は今日的ではないので、好事家だけが読み直せばよい。