odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ロベルト・シューマン「音楽と音楽家」(岩波文庫)

 ロベルト・シューマン1810年生まれで、1856年に若くして亡くなった。彼の作品だと、ピアノソロの曲と歌曲が代表になるのかな。「クライスレリアーナ」とか「幻想曲」、「詩人の恋」あたり。人によっては大規模作品の「楽園とペリ」を推すこともある。自分はシューマンの良い聞き手ではなく、ピアノ協奏曲とピアノ五重奏と交響曲第4番をのぞくと、まず聞かないので、この選択が妥当かどうかはわからない。
 彼の代表作は30代半ばからのものが大半。それらを書く前には「音楽新報」という雑誌を主宰して、同時代音楽の評論を10年以上継続していた。ここに収められたのは、そうやって書かれた評論や短評で、主には1830年代の著者20代に書かれたもの。

 いくつかを点描的に。
・一番最初の文章は22歳くらいのときかな。何とも若々しく青臭い文章。

「ただ鳴るだけで、魂の状態の言葉でも印でもないようなものは、小さな芸術じゃないか!(P34)」

 どうでもいい文章を適当に引用してみた。こういうアフォリズム風で、ほとんど意味のない言葉を書くところから、30代半ばのころには堂々たる文章(とはいえロマン派風美文@吉田秀和)になる。文章の質が上がっていくのを眺めるのが楽しい。青臭い学生作家が次第に熟達していくのを眺めるようだった。
・古いものへの嫌悪と、まだ認められていない新しい音楽への共感。古いものは彼より年上の古典派の作曲家たち。規則にがんじがらめでいながら、感情移入が激しく、感覚美に耽溺しているような作品。まあ、音楽がルーティンワークみたいな量産品になっているのが気に食わないのだね。1843年ころの寸言集で

「新しくて、大胆な旋律をみつけなければならぬ。/人間の心の深奥へ光を送ること…これが芸術の使命である(P186)」

という宣言をしているように、シューマンの音楽はルーティンからほど遠いところにあって、呻吟のすえに人間の真実を描こうというものになっているわけだ。そうすると、彼の興味は同じような志向を持っていると思われる同世代からより若い人に向かう。それがショパンメンデルスゾーン、リストという人たち。もう一つの方向は、現在の趣味(ロッシーニ、マイヤベーヤ、ドニゼッティあたりかな)からずれて忘れられている人たち。ベートーヴェンシューベルトヨハン・セバスチャン・バッハなど。こういう作曲家の名前と推薦作品をみると、シューマンは19世紀のドイツの音楽趣味に方向付けをしたといえるのではないかな。シューマンの評論がなければ、シューベルト交響曲ピアノソナタは蘇演されなかっただろう(シューマンはウィーンに行き、フランツの作品を管理している弟フェルディナントとあっている)。まあ、この小さな文庫は200ページしなかく、最初の翻訳は昭和16年だったから、その当時の音楽趣味に合わせた取捨選択がなされたと考えたほうがよいので、強く主張はできないが。
・ピアノという楽器への強い関心。1830年代に、ピアノはほかの鍵盤楽器(ハンマーフリューゲルとかクラヴィコードとかフォルテピアノとか)を駆逐するくらいの評判と人気を得た。音色、音量の多彩さ雄弁さあたりが好まれたのだろう(それにこのころ音楽を演奏する場所が広くなり、多くの観衆が集まるようになったのも関係)。シューマンは上にあげた若い作曲家と同じくこの楽器に注目し、感心し、評論の多くをこの楽器に費やす。なるほど、この熱心さもこの時代にたくさんのピアノ音楽が書かれた背景になっているのだろう。
シューマンは、作曲家や作品の目利き。取り上げてほめた作品は今に残る(残ったものの評論だけを収録したのかもしれないが)。では、論者としてどうかというと、上記のようにロマン派風の美文。いくつか楽曲分析を行っている(とくにベルリオーズ幻想交響曲」)が、そうじては印象批評で具体的でない。この本由来のいくつかの箴言があるが、文脈にあてはめると意味は必ずしも明確ではない。

ショパンの作品は、花の陰に隠された大砲である(P95)」

「(シューベルトの死後発見されたハ長調の)交響曲は、ジャン・パウルの四巻の大部の小説に劣らず、天国のように長い(P149:訳者によるとこれはもともとそれ自体引用されたものとのこと)」

など。
・この小さな本は、吉田秀和の最初の翻訳。昭和16年(1941年)というから訳者28歳の時。1830年代の古い文章なのにとても読みやすいなあ、わかりやすいいなあと思っていたが、訳者の名前を見て納得。訳出された時代の音楽評論家(兼常清佐、大田黒元雄、村田武雄、あらえびす、など)と比べると文章は流麗で新鮮。明快で論理的。訳者の文体は1960年以降に変わったのかと思っていたが、こんなに若い時から自分の文体を持っていたのだね。訳者は最初の評論でシューマンについて書いたのだが(「主題と変奏」中公文庫)、主題の取り上げや書き方にはこの本の影響も大きいと思う。

  


参考エントリー
奥泉光「シューマンの指」(講談社文庫)