odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ヴォルフガング・モーツァルト「モーツァルトの手紙 上」(岩波文庫)

 モーツァルトは生涯に500通余の手紙を書き、現存しているのは300通ほど。そのうちの200通強と関係者の手紙(おもに父)を収録して、2巻の本にした。研究者向けの書簡全集は、手紙のやり取りをした家族・知人その他の返信などを網羅して7巻もあるというから読むだけでも大変。それよりも、死後に手紙まで収集されて公開されるというのは、モーツァルトは予想もしなかったことだろう。

 さて、モーツァルトは音楽の超早期英才教育を受けて児童のころから見世物的な興行にでていた。音楽家の父は自分の力ではよい就職が得られなかったので、神童を育てた異能の教師の肩書をほしかったと見える。このような超早期教育を受けたのは、モーツァルトに限らなかったそうだ。この手紙では気付かなかったが、ライバルともいえる児童が宮廷や教会などを先回りし評判をとっていたり、あるいはモーツァルト一家の邪魔をしたりということもあったという。とはいえ、これらの児童が長じて優れた音楽家・作曲家になったかというとそういう例はなく、モーツァルト一人が音楽家・作曲家として同時代に有名になり、歴史に名を遺した。幼児への超早期教育を批判すると、「いや、それでは将来のモーツァルトをつぶすことになる」と反論が出てくるそうだ。それは歴史の理解が不十分であって、モーツァルト一人の天才のうしろには、つぶれた神童が1000人もいたのである。さて、この歩留りというか達成率は超早期教育を進める根拠になるのだろうか(いや、なりはしない)。では、モーツァルトの同時代にいたたくさんの作曲家(ベンダとかディッタースドルフとかサリエリとかカンナビヒとかボッケリーニとか……)はどうやって作曲家になったかというと、10歳くらいから音楽教育を受け、才能を認められると高等教育に進み、20代前半に職業音楽家になった。今日のシステムとさほど変わりないやり方で音楽家は生まれているわけ。
 閑話休題モーツァルトは集団教育を受けたり、同世代の子供と遊ぶことをしなかった。池内紀モーツァルト考」によると、「小さな大人」であったということになる。まあ長じてからは「大きな子供」でもあったので、そのアンバランスさというか多数の矛盾を抱えた問題行動ばかり起こす人間であったようなのが魅力のひとつ。それは、利害関係のない第三者ののんきな意見や観察であって、当事者にしてはたまったものではないかもしれない。とりわけ親からすると、常識とか世間並みとか当たり前が通じなくて、好き勝手(とみえること)をやっているのにはらはらしたり、立腹したりしていたらしい。振り返れば、モーツァルトの行動は時代の閉塞の扉をこじ開けて(開けたところで自身は倒れたのだ)、19世紀の道を開拓したのだといえる。それはたんに作曲語法だけでなく、音楽家の生き方のモデルとか音楽批評のあり方とか、音楽業界全般にかかわることだ。そういう歴史的遠近法でモーツァルトの手紙を読むと、彼の無邪気さや常識のなさ(それがトリックスターの輝きになる)と、天才ゆえの世間の無評価に対するいらだちがよく読みとれる。そのためには、モーツァルトの生涯をまとめるする章か年譜を冒頭につけておいてほしかった(下巻の付録に入っているので、読後に参照することになる)。
 あと、池内紀「モーツァルト考」によると、当時の手紙は回し読みされるのが前提。新聞も雑誌も機能していないし、電信メディアなどない時代(ついでに鉄道も自動車もない時代)。およそ秘匿されるべきプライベートなどなくて、手紙の書き手は誰かに宛てられてたものでも、複数の読者を意識したり、音読されるのを期待して書くものであった。モーツァルトの手紙は、つづりの間違いが多発し、当て字に近い綴りであったり、冗談や押韻が多発し、下ネタの下品な言葉が多用されるのは、音読されるのを前提としているとのこと。モーツァルトの常識のなさとか子供の無邪気さをそこに見ると誤りらしいので、注意すること。
 ついでにいうと、プライベートなるものも、フロイト精神分析以降にでてくるものであろうけど、重要なのは一人で生活できるインフラ(電気、水道など)が都市に普及し、小人数で家に住みことが可能になり、個室を与えられるようになってから生まれたとみるべきだろう。そういうのが可能になったのは19世紀半ばからのブルジョアで、中産民におりてくるのは20世紀初頭、ほぼすべての国民がもてるようになるのは第2次大戦後の先進国だけ。そんな風にみておいたほうがよいだろう。プライベートはアプリオリに存在するのではなく、生活様式が変化してからつくられたものだということ。西洋の中世から絶対王政の王室や貴族は生活の細部まで見られることが前提で、現在の「プライベート」などなかった。なにしろ王家は毎朝の排泄を貴族に見せていたし、出産は貴族が見物するものであった(そうでないと王位継承者にあらぬ噂がたちかねない)。今日からするとストレスのたまりまくる生活。モーツァルトの生きた時代はそういう時代だった。

2015/11/09 ヴォルフガング・モーツァルト「モーツァルトの手紙 下」(岩波文庫)に続く