シェーンベルクは聞かれるよりも語られるほうが多い作曲家、になるのかな。彼の生涯を概観すると、1)神童、2)ウィーンでの無視、3)ベルリンからの追放、4)ハリウッドの疎外、みたいなストーリーを描ける。彼の作品を概観すると、1)表現主義、2)無調、3)十二音音楽、4)調性への回帰とユダヤ主義への傾倒、みたいな展開が可能。さらに彼が開発した方法には、1)無調、2)十二音列、3)終始形の排除、4)ミニアチュア(巨大編成オーケストラで非常に短い音楽を聞かせる)、5)シュプレッヒシュチンメ、6)その他のさまざまな演奏技巧、などをあげることができる。さらには彼の交友・師弟関係を見ても、ブラームス、マーラーなどの先行者、R・シュトラウスやストラビンスキー、バルトークなどの同時代人、ベルク、ウェーベルンの弟子たち、ブレーズ、ノーノらの批判的継承者、カンディンスキーなど表現主義画家、などなど多彩な人物が浮かび上がる。そうしてみると、どうしてもとっつきにくい作品についてどうこう言うよりも、彼自身とその周辺を語ったほうが素人受けするだろう。ないしは、彼の作品が初演されたときの騒動を記述することによってスキャンダラスな一面を強調することもできる。
というわけで、語るほうが楽しいシェーンベルクの本を読む。著者ローゼンは1927年生まれのピアニスト。Amazon.comで「Rosen,Charles 」で検索するといくつかCDがでてくる。昔のコロンビアに録音したもののようだ。この人はエリオット・カーターの友人であったようで、この本(1975年刊)には謝辞がのっているし、CDもでている。ピアニストが作曲家論を書くというのは必ずしも唯一というわけではないが、珍しい。あいにく自分のような音楽素人には、和声のどうのこうの、形式のどうのこうの、音列のどうのこうのというのはまるで歯が立たないのであって、暗号を読んでいるか、秘術の魔道書を読んでいるかのようであって、上記のような生涯や作品やスキャンダルを楽しむというわけにはいかなかった。著者は戦後の音楽の先駆者として讃えたいのであろうが(吉田秀和「音楽紀行」を読むと、1954年の現代音楽祭では必ず新ウィーン学派の何かの作品が演奏され、それを批判的に継承するのがのちに作曲家のスタートになるのであった)、1975年に書かれてすでに四半世紀、没後50年、スキャンダルな「月に憑かれたピエロ」初演から100年もたったとなると、もはや古典なのであって、著者のみる新規さも本が書かれてから半世紀に近いとなるとむしろ陳腐さにも見えてくるようになってしまった。
というわけで、この本は専門家向けということで脇においておくことにして、自分の見るシェーンベルクを書いておくことにするか。どうしても人は生きている時代の制約を越えることはできず、上記の方法によって書かれた彼の音楽というのは世紀末から1940年の西洋の不安とか神経症とか疎外、孤独を表現するものであった、おそらくその種の表現としては最高のものの一つであっただろう、ということになる。無声映画「カリガリ博士」、これは1919年のドイツ映画で表現主義映画の傑作であるのだが、この映画の伴奏音楽となるとシェーンベルク、ベルク、ウェーベルンよりもフィットする音楽は見当たらない。と同時に、幾多の初演でスキャンダルを引き起こしたように、彼らのころから芸術は宗教とか民族性とかから離れていったこともわかる。別のところで書いたように、芸術の聖俗革命が起きたのだ。たんに、協和音を鳴らさないとか、メロディがないとかそういうことがスキャンダルになったのではなく、聴衆の期待するナショナリズムとか愛国心とかをはぐらかしたのが反目の原因であるのではないかしら。
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さてあとは個人的な趣味。彼ら新ウィーン学派の音楽をCDできくとき、1980年代以降の録音はものたりない。この時代より後の演奏家には歴史的作品で古典になっていて、ロマン派の延長にある音楽としてとらえているから。それ以前のほぼ同世代ないし弟子筋の人たちの実験的でとげとげしく「現代」「前衛」を意識させる演奏のほうが、彼らの音楽の「革命」性を聞き取れる。なので、「グレの歌」はインバルやシノーポリよりクーベリックやフェレンチェクのほうを薦める。まあ、ブレーズ/BBC響とケーゲル/ドレスデンフィルとライプツィヒ放送響がよりよいのだけどね。
<追記 2014/8/16>
チャールズ・ローゼンの録音を集めたCDが発売されます。
チャールズ・ローゼン/ソニー・クラシカル・コレクション(21CD)|HMV&BOOKS onlineニュース
ウェーベルンとブレーズの演奏はありますが、シェーンベルクの作品は取り上げていません。
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