2026/02/02 岡本綺堂「半七捕物帳 57~63」(青空文庫) 半七は犯人を捕まえるが、事件のトリックと動機は捜査しない。目付の半七の権限や役目ではないから。捕物帳は警察小説の一種。 の続き
江戸時代、列島の人口は三千万人くらい。江戸の人口は百万人。東京の人口の十分の一しかいない。町や長屋を離れると、空き地が開けている。川岸は整備されていない。メディアもないし、歓楽街は江戸のはずれにあって、昼間しかやっていない。江戸のような都会であっても、娯楽はない。せいぜいが芝居と祭。そうすると、人は知的好奇心と退屈逃れをみたすために、喋る。初対面の人でも気安くしゃべる。話すことが社交以上の重要な意味をもっていた。みなが喋りの達人で、よどみない。人を惹きつける話術を持っている。半七も語りかけ、江戸の人びとも受け答えする。その様子を書いたのが「半七捕物帳」。シチュエーションを説明したり、誰かのモノローグや内声を記録したりしないで、人びとの会話を記録したのだ。

廻り燈籠(第六十四話) ・・・ 安政元年1854年。伝馬町の牢が破られ六人が逃げ出す。うち一人は捉えた青二才の岡っ引きに復讐すると啖呵を切っていた。震えあがった青二才は逃げ出し、半七も気にかける。でも「正雪の絵馬」事件、「吉良の脇差」事件も抱えた半七は捜査もままならない。高田馬場に聞き込みにいったら、牢破りと間違えられるという失態まで犯す。岡っ引きが逃げて泥棒が追いかけるというヘンな事態になった。思い込みが事件を複雑にした。
夜叉神堂(第六十五話) ・・・ 文化九年1812年に起きた話を半七が語る。渋谷(江戸の外の田舎)である寺が銭を仕込んだ兜を作った。そこから小判と二朱銀が盗まれた。岡っ引きは寺に張り込むと、不審な女がいる。話を聞くと逃げ出し、懐から二朱銀がみつかる。面を奉納した箱から小判も見つかった。犯人当てより犯人の改心を主題にしたハートウォーミングな掌編。
地蔵は踊る(第六十六話) ・・・ 安政六年1859年。縄で縛られた地蔵が踊る(ゆらゆらする)という出来事が評判になってその寺は人が押し寄せた。数日それは見られたが、地蔵は動かなくなる。かわりに縄で縛られた女が見つかる。息がないので葬儀の準備をしていたら女はいなくなってしまった。寺社奉行が町奉行に頼んだ調査は半七に命じられる。まずは寺の人員と出入りを調べることから始める。
薄雲の碁盤(第六十七話) ・・・ 文久三年1863年。旗本の家のまえに、碁盤がおいてあった。上には遊女らしい女の生首がのっている。旗本の家には心当たりがない。妙な噂が立つと困るので、半七に頼みに来た。うまく解決すれば礼金をもらえるという算段で引き受ける。女の顔にも覚えがあるということで、まずは最近見受けして上った遊女を調べる。捜査をそのまま書くものだから、物語の半分で犯人が判明してしまう。もったいない。
二人女房(第六十八話) ・・・ 嘉永二年1849年。調布のはずれで心中事件がおき、その原因をなった男の家に幽霊がでるといううわさがある。その数年後、府中のくらやみ祭りを見物していたら、商家の女房が行方不明になった。半七は手下を連れて調布に出張る。事件の背景が昼の帯ドラマ(21世紀には絶滅)のようなお家乗っ取りと男女のさや当て。大衆にはこういう犯罪が絡むメロドラマが受けるのだなあ。次の作は半七が生まれる前の話なので、実質半七最後の冒険譚(事件の発生日は無視)。
白蝶怪(第六十九話) ・・・ 文化九年1812年。近頃白い蝶々が夜になると飛ぶという噂が広がる。白い蝶は死人がでる前兆なのである。そこで旗本が夜の見回りにいくと、くらやみにまみれて殺されてしまった。その家からは養子が家出し、その嫁が自害する。蝶が消えたあたりでも家出した娘が出、のちに川から水死体でみつかる。このままではお家断絶ということで、旗本に使えるものが捜索に乗り出し、岡っ引きの吉五郎もうろつきまわる。探偵小説味もある伝奇小説。すでに国枝史郎や角田喜久雄がもっと破天荒な伝奇小説を書いていたとなると、これはとても上品。芝居のように書いたせいでストーリーは停滞気味。アクションや口上の外連味があればなあ。なぜ半七ものになるかというと、岡っ引きの吉五郎が半七の養父だからという因縁があったため。
収入に関していうと、岡っ引きに入る幕府からの給金はわずか。その金では子分を養えない(半七は子分と一緒に飯を食ったり、小旅行をしたりするが、その費用は全額半七がだす。見張りをさせるときには小金をもたせる。昭和のバンドやお笑いグループでもリーダーはこうしないといけない)。なので、半七は旗本や大店の依頼を受ける。解決(ときにうやむやに処理する)のさいに礼金をもらえるので。
ここは身分制と人治主義の政治の欠点。賄賂が常習になり、コネをもっているものが強くなる。競争が起きない。自由と平等は抑圧される。維新のあとの明治政府はまったく改善しなかった。新たな身分とつくり、閥と試験で選抜したエリートが優遇される社会にした。
半七は1824年生まれ。1867~1877年ころの秩禄処分で職を失う。そのころには50歳を過ぎていたから、半七はさっさと廃業したのだね。息子の職業はわからないが、いちはやく武士から何かに転職して半七を養うくらいの稼ぎにはなっていたのだろう。多くの武士は秩禄処分でひどい目にあったが、半七は時流に流されずにすんだことになる。武士の身分を失っても困惑することなく、悠々自適の隠居になり、趣味人として暮らした。
落合弘樹「秩禄処分 明治維新と武家の解体」(講談社学術文庫)
都筑道夫の推薦文に誘われて「半七捕物帳」を全部読んだ。いろんな不満が残った。ダメなところが目に付いた。全作を読むほどのことはない。6~7編を集めた傑作選で十分。
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