2026/02/05 岡本綺堂「半七捕物帳 36~42」(青空文庫) 明治政府は武家政権を総否定した。江戸の風物・習俗は忘れられたが、数奇人は記録に残す。 の続き
筒井康隆「富豪刑事」では、その警察署は理想的な民主警察なので、取り調べで自白強要や誘導はしない、まして暴力などという。でも半七は目星がついたら、「恐れ入りました」といわせるためのテクニックを使う。相手に反論を許さなかったり、強面(こわもて)の言い方をしたり、ときに面をひっぱたいたり。そうすると、被疑者に言い抜けの余裕を与えないことになるそうな。容疑はないが事件に関係してそうなものを番屋にしょっ引いたら、岡っ引きの判断で拘留してしまう。
こういう前近代性がどうも気に入らない。事件の解決をホームズ流の推理と実証でやるのではなく、強引な自白強要でやってしまうのだ。これが批判されないのは、執筆当時の警察も似たような捜査をしていたから。江戸時代を描いているとしても、半七捕物帳は〈現実〉擁護になってしまう。そういうのが20世紀前半、帝国日本の大衆小説の役割。

柳原堤(やなぎはらどて)の女(第四十三話) ・・・ 慶応元年1865年。旗本屋敷の近くにある清水山に怪異がでるという。見にいくと突然張り倒されたる。もう一度行こうとすると材木が崩れてくる。次第にうわさが広まって町人が恐ろしがる。半七は吟味を命じられ、子分たちにかぎ回らせる。なかなか良い怪談。最後のおちが、時代の制約とみるべきか。それとも啓発なのか。
むらさき鯉(第四十四話) ・・・ 文久三年1863年。殺生禁制の堀には大きな鯉がいる。それを釣りに行った亭主、青ざめて帰るに、一緒に行った仲間が水にはまって行方知れず。女房、それを聞いて白い女が鯉の夢を見てここにいると知れたので預かるという。女房、行方知れずの仲間の家に知らせに行けというと、翌日川にはまって死んでいるのが見つかった。女房視点のとても良い怪談。捜査は全く書かれず、いきなり解決編。この入り組んだ話を探偵小説にするには綺堂の技術は足りなかったか。都筑センセーならできたかな。
三つの声(第四十五話) ・・・ 元治元年1864年。春分の日に川崎(大師)巡りをすると、店主たちが三人朝落ち合う約束をしたが、みないない。ある店主の家に三人が声掛けをした(一人は店主自身)。川崎めぐりは取りやめになったが、いない店主が水死しているのが見つかった。半七は声掛けを吟味する。些細な言い間違いが犯人当てにつながった。「問うに落ちず、語るに落ちる」という成句を知る。通常は後半しか言わないので、意味が不明だった(調べようとしなかった)。
十五夜御用心(第四十六話) ・・・ 嘉永六年1852年。深川の荒れ寺に住職が住み込む。托鉢などしてけなげに暮らしているが、ある日、住職と弟子、虚無僧二人の死体が井戸に投げ込まれているのが見つかった。虚無僧はある女といっしょに寺に入っていった、と女をつけていた男がいた。「なめくじ長屋」にこんな話があったかも。
金の蝋燭(第四十七話) ・・・ 安政二年1855年(半七33歳)。両国橋の架け替え工事中、水死した女が見つかった。ロウソクに金を仕込んだのをいくつももっている。おりしも江戸城本丸で金蔵破りが出ていて、半七もその捜査にとりかかる。通常だと伝奇小説になるようなおおがかりな話を半七の眼で書く。デカい話がシュシュとしぼんでしまってものたりない。
(明治30年代、東京の住宅には電気が通っていたとのこと。当時のことなので、電灯に使うくらい。特に金持ちは電話も引いていた。たとえば漱石。)
ズウフラ怪談(第四十八話) ・・・ 安政四年1857年。駒込の畠や森で怪異が起こる。人を呼び掛ける声がするが誰もいない。狐狸妖怪のせいかと近くの剣術師匠が弟子を連れて深夜捜索にでると、はぐれた末に殺されているのが見つかった。厳格で暴力指導の師匠は嫌われている。半七はズウフラを使ったイタズラと目星を付ける。ズウフラは「ルウフル(蘭語Rofleの訛)遠き人を呼ぶに、声を通わする器、蘭人の製と伝う」「長さは三尺あまりで、銅でこしらえた喇叭のような物」という。下のページによると、金属製の拡声器(メガホン)とのこと。この話で使われたのはオランダ製。当時の列島の技術では作れなかったのだね。人が多いから、大声を出すより、手下を走らせた方が早かったのだろう。
大阪屋花鳥(第四十九話) ・・・ 天保12年(1841年)。半七19歳の駆け出しのころ。ある商家に浪人の娘が嫁入りした。しばらくして嫁が半狂乱。嵐の夜に薄衣をまとっただけで家を飛び出し身投げする。奥では婿が殺されていた。ある遊び人が川でひろったと嫁の片袖を持ってくる。家では200両と180両が盗まれていて、極秘に嫌疑をかけていた。半七は親分の命を受けて、娘の実家や遊び人らを調べる。半七の調べのやり方がよくわかる。謎解きは見事。とはいえ背景の人たちの関係が複雑すぎる。犯人逮捕の爽快感には欠ける。いい筋なのだが、冗長。もったいない一編。
半七のやりかたは帝国日本の公安や特高、憲兵にそっくり。現役中のしごとっぷりはとっても陰湿。十手といつでもだせる御用の人というのを知っているから、周囲の人は慇懃に扱う。そういう人間も年を取ると丸くなって人づきあいがよくなる。書生程度の「私」が行き来できるくらいな中になる。1945敗戦のあとにも、特高や憲兵の下っ端は身をくらまして隠居後の半七みたいになったのだろうなあ。
俺が妄想するに、権柄つくの岡っ引きを主人公にするのを嫌がって、都筑道夫は社会から排除された貧乏人や浪人を主人公にして「なめくじ長屋」を書いたのだろうね。砂絵のセンセーが相手にする岡っ引きは抜けているようなキャラにしているのだし。捕物帳の現体制擁護を批判するシリーズだったと思う。
岡本綺堂「中国怪奇小説集」 → https://amzn.to/3LpljMo https://amzn.to/3NwkAcO https://amzn.to/49O8xPE
岡本綺堂「修禅寺物語・正雪の二代目―他四篇」(岩波文庫) → https://amzn.to/4sTp4Ky https://amzn.to/4sQWkSV https://amzn.to/4bL9TwZ https://amzn.to/3LrrPlN
岡本綺堂「青蛙堂鬼談」 → https://amzn.to/4a7mWYj https://amzn.to/4sSqu8j https://amzn.to/3YUmoif https://amzn.to/4jXTt6K
岡本綺堂「異妖の怪談集・近代異妖編」 → https://amzn.to/4r64GEu https://amzn.to/4r3qr7P
岡本綺堂「飛騨の怪談、番町皿屋敷」 → https://amzn.to/4jS8MO9 https://amzn.to/49JswPf
岡本綺堂「半七捕物帳」 → https://amzn.to/4jRlkp5 https://amzn.to/45olQow https://amzn.to/3YRoSxW https://amzn.to/3YTrJq5
2026/02/03 岡本綺堂「半七捕物帳 51~56」(青空文庫) 新劇が出て古い芝居の人気がなくなった時期に、綺堂が古い芝居の形式で小説を書く。 に続く