odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

フランス文学

ヴィクトル・ユゴー「死刑囚最後の日」(岩波文庫) 「私」を語り手にすることによって内面が作られた。

1829年(著者27歳)に匿名で出版され、2年後の再販時にユゴー自身が序文を書いた。 ミステリでいうなら、事件は解決した。しかし関係者には重苦しいしこりが残った。なぜ犯人はあのような事件を起こしたのだろうと内省する。ここで「エンド」の文字がはいる。…

アナトール・フランス「神々は渇く」(岩波文庫) フランス革命時に観念の怪物に取り憑かれて怪物に変身した人間の悲劇。

神々は何に乾いているのか。人間の血、とりわけ「革命」に関与した人たち(賛成、反対、協賛、拒否いずれにかかわらず)のそれ。「革命」の熱狂はすさまじいのであるが、そのあとに興奮を冷ますための人身御供を要求するのであって、フランスで起きたものに限…

レーモン・クノー「イカロスの飛行」(ちくま文庫) 物語と作者の壁を壊したこれは小説?それとも戯曲、コント、映画の台本?

レーモン・クノーは映画ファンには「地下鉄のザジ」の原作者として(中公文庫に翻訳あり)、アンサイクロペディアファンには「文体演習」で有名な作家。1903年に生まれて、奇想天外な小説や詩や戯曲を書き、1976年没。フランスにはこういう洒脱な人がときど…

ジョルジュ・シムノン「雪は汚れていた」(ハヤカワ文庫) 存在の退屈を持て余した若者が逮捕監禁されたときに生の意味を見出す。

大状況が全く書かれていないので、断片的な情報から推測するしかない。フランク・フリードマイヤーが16歳の時に町は占領され、今では19歳というから1942年なのだろう。登場人物の名前はゲルマン風だ。しかし、この「本格ロマン」がフランス語で書かれている…

アンドレ・マルロー「人間の条件」(新潮文庫) 1927年3月の南京事件。巨大な政治事件と暴力が出動するとき、行動する人々はみな破滅に向かっていく。

1933年の作。この前にマルローは1925年にインドシナにわたり、帰仏の途次、中国に渡り国民党政権に協力した。1926年に帰国した。 小説の背景は1927年3月の南京事件。共産党指導のもとに労働組合がゼネストを開始。それにあわせて、党員の武装部隊が警察その…

ピエール・ボーマルシェ「フィガロの結婚」(岩波文庫) 原作にあった女性差別の告発、貴族制の批難はモーツァルトの歌劇にはないので、戯曲を読みましょう。

モーツァルトの同名オペラで筋をよく知っているので、サマリは略。 訳は辰野隆先生。1952年の訳なので古臭いなあ、と読み始めた。みんな難しい漢語を使うし、回りくどい言い回しをするから。途中で思ったのは、「フィガロの結婚」が初演されたのは1784年。時…

ピエール・ボーマルシェ「セヴィラの理髪師」(岩波文庫) 18世紀の起業家あるいは山師が描いた召使が貴族を虚仮にする物語。ロッシーニの歌劇の原作。

老いた医師(それでも40代だろうが)が後見している若い娘がいる。彼女は美しく、どうやら資産もちであるらしいので、医師バルトロは娘ロジーナと結婚しようとしている。バルトロによっていわば幽閉されている美女に哀れを感じたアルマヴィーヴァ伯爵は、雇…

フランス古典「トリスタン・イズー物語」(岩波文庫) 中世最大の悲恋物語を19世紀詩人が復刻すると独り言と内話をする近代人の不倫物語になる。

「トリスタンとイゾルデ」のバリアント。今度はフランスの場合。 「愛の媚薬を誤って飲み交わしてしまった王妃イズーと王の甥トリスタン。このときから二人は死に至るまで止むことのない永遠の愛に結び付けられる。ヨーロッパ中世最大のこの恋物語は、世の掟…

アナイス・ニン「アナイス・ニンの日記」(ちくま文庫) アナイス30歳前後。父と決別し、子供を流産し、愛人のいるアメリカに渡る。

アナイス・ニンはヨーロッパに住んでいたが、12歳ころに両親が離婚。アメリカに渡ることになる。そのころから日記を書き始めて、生涯途切れることがなかった。全訳すると、600ページ掛ける10巻くらいの巨大なものになるらしい。ここには、1931年から1934年ま…

ポーリーヌ・レアージュ「O嬢の物語」(講談社文庫) 心に怪物を持っている女性の身体に対する徹底的な無関心。

高名な作家が匿名で書いたポルノ小説。一時期はマンディアルグが作者ではないかといわれていたが、いまはどうなっているのかな(どこかの個人ブログに「数年前(2000年前後)になって編集者ドミニック・オーリーが自分であるとインタビューで認めた」との記…

ジャン・ジュネ「泥棒日記」(新潮文庫) 通常の社会の規範を大きく逸脱している「泥棒」は美を意識する。

1914年生まれ。父親のことは誰も知らず、母もすぐに子育てを放棄。そのため孤児院で生活。その後は、男娼、泥棒、その他の犯罪で生計を立てながら、1930年代にヨーロッパ中(文中にでてくるだけでもスペイン、イタリア、ユーゴスラヴィア、チェコ、…

ポール・ニザン「アデン・アラビア」(晶文社) 〈この私〉に違和感を持つ若者の不安で苛立たしく衝動的で落ち込みやすい気分の描写。

ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい。 一歩足を踏みはずせば、いっさいが若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、大人たちの仲間に入ることも、世の中でおのれがどんな役割を果してい…

ピエール・ガスカール「街の草」(晶文社) 1930年代フランスの不況と右傾化にあって、腹をすかせた若者たちの共同生活。

1933年フランス、パリ。17歳の青年が銀行に勤めるが仕事が面白くない。数ヶ月でやめて、知り合いのつてでジャン=ジャック・ルソー街のアパートに行く。そこには20代前半の青年が勝手に寝ては出て行く、無秩序な共同体ができていた。彼らは腹をすかせていた…

ジュール・ルナール「ぶどう畑のぶどう作り」(岩波文庫) 正確なカメラのような眼を自然に向ける。視線や構図が独特。

中学生のころは、同じ作者の「博物誌」がとても好きだった。とくに、短いスケッチ――ほとんどコント――が好きで、真似をしていくつもかいたのだった。しかし、子供をいじめる話である「にんじん」はどうにも手を出す気持ちになれなくて、ヘッセ「車輪の下」と…

アンリ・バルビュス「クラルテ」(岩波文庫) だらだら過ごしていた青年がWW1の戦場に送られて人間の尊厳を考察し、万人平等・完全不戦・国家破棄の未来を構想する

「クラルテ」は1919年の刊行で、前年までの第1次大戦でバルビュスは40代でありながら従軍するという経験をもっていたのだった。その体験に裏打ちされた戦場描写は迫真的である。 物語はフランスの地方都市。叔母と同居する内向的な青年が主人公。彼には生や…

アンリ・バルビュス「地獄」(岩波文庫) 公共サービスとインフラが整備されたから、自意識過剰の青年は閉じこもりとピーピングに「実存」を見出せる。

高校1年の夏休み、読書感想文の宿題にバルビュスの「地獄」を選んだ。人生に倦んだ青年がホテルの一室に引きこもり、のぞき穴から隣室の宿泊客を覗き見るという話。単なる旅行客がやってくるだけではなく、金持ちの老人、夫をなくした未亡人など人生の種種の…

ジョルジュ・ローデンバック「死都ブリュージュ」(岩波文庫) 妻を亡くした〈オルフェオ〉は憂鬱な地獄に絡めとられて脱出できない。

沈黙と憂愁にとざされ,教会の鐘の音が悲しみの霧となって降りそそぐ灰色の都ブリュージュ.愛する妻をうしなって悲嘆に沈むユーグ・ヴィアーヌがそこで出会ったのは,亡き妻に瓜二つの女ジャーヌだった.世紀末のほの暗い夢のうちに生きたベルギーの詩人・…

アルテゥール・ランボー「地獄の季節」(岩波文庫) 誤訳意訳が多いらしいが尋常でないテンションを維持する小林秀雄訳は忘れがたい。

奥付とカバーを見て記憶をたどると、高校2年の夏に川越の紀伊国屋書店で購入したのだった。クラブの練習を終えて帰宅する途中で、部活仲間と立ち寄った際に買ったのだろう。白星ひとつの100円、パラフィン紙のカバー。たしかその夏休みに読んだのだったか? …

ジェラール・ド・ネルヴァル「暁の女王と精霊の王の物語」(角川文庫) 古代イスラエルの王ソロモンをめぐるメロドラマ。19世紀初頭の傑作幻想小説。

ネルヴァルについて知っていることは少ない。シェリーやバイロンの同時代人。若いうちより海外雄飛の夢覚めやらず、イタリアからエジプト、トルコその他への地を放浪した。その経験をいくつかのファンタジーにまとめもし、ベルリオーズとの友愛は「ファウスト…

バルザック「セラフィタ」(角川文庫) 生まれながらに霊性を持ち、天に昇ることが可能な超人セラフィタ。心身の不釣り合いを霊によって超越する。

ノルウェーのフィヨルドに囲まれた寒漁村。そこには、スウェーデンボルグが名付け親になったセラフィタという人物=天使がいた。彼=彼女は、生まれながらに霊性を持ち、天に昇ることが可能な超人であった。彼=彼女が17歳の時、牧師の娘ミンナと放浪の哲学探…