odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

東野圭吾「名探偵の掟」「名探偵の呪縛」(講談社文庫)

 サマリーを書くのは面倒なので、このサイトを紹介して終了。

higashinokeigo.net ステロタイプなキャラクターがステロタイプな登場人物を相手にステロタイプな「本格探偵小説」向きに設定された事件をステロタイプな謎解きをする。この国ではミステリーが大量に書かれ、映像化されていて、ミステリーの約束事はよく知られている。あまりに大量な作品は似たような物語になっている。それでもなお読者はミステリーを要求し、作者は新機軸を打ち出そうとしながら、ステロタイプの約束事を守らなければならない。そのような循環的な作者と読者の状況を、キャラクターに自虐的に語らせる。ときに、作者の「筆力」「描写力」のなさまでを指摘するほどに自虐的になる。キャラクターは自分がステロタイプな作品の登場人物であることを自覚していて、ステロタイプな反応や約束事のセリフを言うことに飽き飽きしている。

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 興味を引いたのはふたつ。
 まずは、「本格探偵小説」の啓蒙になっていること。取り上げる事件が、密室、犯人あて、閉ざされた空間、ダイイングメッセージ、時刻表トリック、二時間ドラマ、バラバラ死体、カテゴリーを紹介するとネタバレになる有名なトリック、童謡殺人、ミステリー(小説)のルール、首なし死体、殺人手段(意外な凶器)、シリーズキャラクター。探偵小説ができて150年以上がたち、様々な作家が考案して、模倣者が続出したことによって陳腐になってしまったものばかり。それでも読者は世代替わりをして、これまで読んだことのない未成年が入ってくる。そのときに、ミステリーの仕組みを知るのに必要な情報を網羅している。かつては乱歩の「探偵小説の謎」などの啓蒙書があったのだが、21世紀にバージョンアップされたものはない(と調査もせずに断言)。そのときに、本書はいいのではないか。

www.aozora.gr.jp

 もうひとつは、小説の構造の意図的な破壊。通常、小説ではキャラクターのいる小説世界はそれだけで閉じていて、読者との間に壁がある。本書はそれを意図的に解体。すなわち、キャラクターは事件の起きている小説世界(レベル1)にいるが、それを虚構だと認識していて、一つ上のレベル2にもいる。そのレベルは作家(「東野圭吾」)のレベル3につながっている。ときに彼ら(レベル2とレベル3のキャラクター)は小説を読んでいる読者の存在も意識していて、一方通行ではあるが読者との直接回路を設けている(ときどき、レベル2のキャラクターが読者の方を向いて、呼びかけるセリフを発するのだ)。こういう仕掛け。
 いわゆる「叙述トリック」のなかには、レベル1とレベル2を意図的に混同させて、レベル1の事件の犯人をレベル2に求めたりするが、ここではさらに複雑な階層を設けている。そういうので「意外な犯人」を作りもするが、「アンフェア」と非難されたり、壁本とクズに認定されることもあり効果はさまざま。ここではそう非難や罵倒を受けることすらも自虐的に書いていて、、まあ読者としては苦笑するしかない。
 実はこの複雑な階層の仕掛けには、読者への罵倒が含まれている。小説を丹念に読むことをせず、直観やあてずっぽうでたまたま犯人を当てると作者と作品をけなし、類似したトリックやストーリーの先行作を見つけてオリジナリティがないと非難する。そういう怠惰な読者への罵倒。本書では自虐的なセリフや地の文に隠れているので、読者には見過ごされそう。誰もが筒井康隆「朝のガスパール」の真似をするわけにはいかないが。それでも開陳される怠惰な読者の批判は、俺に当てはまるので、すこし反省しました。

   


 で、連作短編の探偵と警官がでてくる長編もあった。「名探偵の呪縛」。サマリーはここで。

higashinokeigo.net

 語り手が異世界にいく。異世界はほぼ読者の現実世界と地続きだが、「本格探偵小説」の概念と実作がない。そこに、本格探偵小説が過去150年間、根掘り葉掘りしてきたアイデアとおりの事件が起きる。「密室」「犯人消失」「閉ざされた山荘」。「本格探偵小説」のない世界では、読者の現実世界では陳腐極まりないトリックやアイデアも、感嘆の声をもって迎えられる。これは読者からすると、「ご都合主義(本作内の言葉)」の解決。密室講義もあって初心者にはやさしいな。それ以外は、どうでもよい。
 大きななぞは、なぜ語り手がこの「本格探偵小説」のない街にきたのか。なぜその街の住民はアイデンティティクライシスにあるのか。犯罪が起きるごとに、住民は生き生きとしてくるのか。これも、事件のトリックがいずれも本に関係しているところから推測がつくところ(なにしろ語り手が異世界に行くシーンは、「不思議の国のアリス」のパスティーシュだからねえ)。
 でも、その謎が解けた後の語り手の安心がとても安直でした。それに、「白いワンピースを着た14、15歳の娘」を狂言回しというか巫女にするというのは、独身男性の妄想(というか性的対象)の反映で気持ち悪い。
 どちらも1996年作。

 

<参考作品>
辻真先「アリスの国の殺人」(双葉文庫)
荒巻義雄「エッシャー宇宙の殺人」(中公文庫)
ウィリアム・ヒョーツバーグ「堕ちる天使」(ハヤカワ文庫)
ジェデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」(創元推理文庫